眠らない新婚室
夢渡りの血を持つ者と結婚すると、伴侶はその夢へ入れる。
ただし夢の中で一夜を過ごすたび、入った者は現実で眠れる未来を一夜ぶん永久に失う。
アルマナは眠るハクレンの隣へ横たわった。
彼は地図師で、三日前から目を覚まさない。疫病の谷を抜ける道を夢の中で探している。現実の谷は霧に隠れ、入った者は同じ場所へ戻される。夢なら霧の形が見えると彼は言い、一人で潜ったまま帰れなくなった。
婚姻すれば、アルマナだけが追える。
「何夜必要か分からない」と医師は言った。「十夜なら、あなたは生涯で十夜眠れなくなる。百夜なら百夜。眠れない夜は、薬でも魔法でも戻せない」
アルマナは宿屋の夜番だった。人が眠るあいだ働き、朝になれば屋根裏で眠る。眠りは彼女にとって、唯一誰にも呼ばれない時間だった。
幼いころ大家族の世話をし、昼も夜も名前を呼ばれ続けた。自分の宿を持った今も、扉を閉め、毛布へ潜る瞬間だけは、誰の娘でも姉でも女将でもない。
その時間を、一夜ずつ失う。
ハクレンとは、谷の地図が完成するまでの契約結婚だった。彼が戻れば、避難路を開き、離縁する。恋人ではない。宿へ来るたび窓辺で眠り、朝食の卵を二つ食べる、無口な常連だった。
「別の夢渡りを待ちましょう」と医師は言った。
谷の村には、薬があと五日分しかない。別の者は七日後にしか来ない。
アルマナは婚姻糸を二人の小指へ結んだ。
眠る前、帳場の鍵を従業員へ渡した。枕の下には、今後眠れない夜に読むための本を十冊置いた。百夜なら足りない。千夜なら、宿を手放すことになるかもしれない。
「道を見つけたら、あなたを先に起こします」
返事はない。
彼女はハクレンの閉じた瞼へ指を置いた。指輪が淡く光り、新婚室の壁が遠ざかる。草の匂いと白い霧が、夢の中から流れ込んだ。
意識が沈む直前、アルマナは自分の寝台の柔らかさを、忘れないよう背中へ刻んだ。
翌朝、ハクレンはまだ眠っていた。
アルマナだけが目を開け、どれほど瞼を閉じても、もう二度と訪れない一夜目の眠りを失ったと知った。