破ったページのつづき
結婚式の招待状に印刷された〈伊吹〉という名前を見て、沙羅は古い交換日記を取り出した。
高校時代、その友人は別の名前で呼ばれていた。
二年の冬、交換日記の一頁が根元から破られて返ってきた。前後の文章は普通なのに、その一枚だけがない。
沙羅が尋ねると、友人は制服の襟を直しながら言った。
「間違えたから」
それ以上は聞けなかった。
卒業アルバムを配られた日、写真袋の中に破れた頁の半分が入っていた。そこには何度も書いて消した跡と、最後に残った一行があった。
〈伊吹って呼ばれたら、自分の顔で振り向ける気がする〉
沙羅は意味を理解しながら、怖くなった。
友人関係が変わること、知らない自分を求められること、間違った言葉で傷つけること。翌日、沙羅はいつもの名前で呼びかけた。友人は一瞬だけ目を伏せ、それでも笑って返事をした。
卒業後、二人は離れた。
数年して、共通の知人から、彼が伊吹として暮らしていると聞いた。沙羅は連絡を取れなかった。あの頁を読んでいたのに何もしなかった自分が、今さら理解者の顔をする資格はないと思った。SNSの候補に伊吹の笑顔が現れても、フォローボタンを押せなかった。沈黙を反省ではなく、罰として抱えていた。
そして今日、招待状が届いた。
宛名は沙羅の今の姓まで正しく書かれている。差出人欄には伊吹と、伴侶になる人の名前。中には短い付箋があった。
〈あの頁、まだ持っていたら、つづきは式で〉
許された、と決めつけるつもりはない。過去の沈黙が消えるわけでもない。
沙羅は出欠葉書の〈出席〉に丸をつけた。メッセージ欄には、昔の名前を書かず、
〈伊吹、おめでとう。会えるのを楽しみにしています〉
と記した。
破れた頁は日記へ戻さず、小さな封筒に入れた。本人が望めば返し、望まなければ自分が預かる。
ポストへ葉書を落とす瞬間、沙羅は初めて、その名前を声に出した。
呼びかけは過去を直すためではなく、これから会う人へまっすぐ向けるものだった。