禁書庫から届いた合格証
「能力なしの読書家など、ただの暇人だ」
術式再現科の教官アーヴィンは、日向紫苑の机へ初心者用魔導書を落とした。実技試験は本に記された灯火魔法を一つ再現すること。紫苑は文字を読めても魔力を流せず、ページは何も答えなかった。
他の生徒が火や水を出すなか、学院最奥の禁書庫から警報が鳴った。
誰かが封印頁を破り、文字を喰う魔物《白紙獣》を解放したのだ。獣が廊下を進むたび、魔導書の文章が消え、教師たちは覚えていた呪文まで失っていく。治癒棟では薬瓶の名前が消え、転移門からは行き先が消え、契約書からは持ち主の名が消えた。文字を失うことが、この学院では建物を壊されるより恐ろしいと、ようやく全員が理解した。
実技場へ白い獣が入ったとき、全員の本が空白になった。
紫苑だけは怯えなかった。転移前から、彼女は本を読むと内容の「願い」が声として聞こえた。この世界で、その声へ一度だけ命令できる。
《能力・蔵書総意――範囲内の書物すべてへ、一度だけ同じ行動を求める》
紫苑は空白の本を開いた。
「食べられた言葉を、取り返して」
学院中でページが鳴った。
数万冊の魔導書が一斉に開き、消された文字が金色の群れとなって禁書庫から飛び出す。文字は白紙獣を包み、食われた順番と逆に体から本へ戻っていく。最後の一字が返った瞬間、獣はただの白い紙片へほどけた。
火球も雷も放たれなかった。
それでも、実技場のすべての本が紫苑の机へ向きを変えた。初心者用魔導書の空白頁には、見たことのない署名が現れる。
《大禁書庫・永久閲覧者として合格を認める》
術式測定書はその権限を読み取った途端、表紙を閉じて沈黙した。採点を拒否したのではない。自分より上位の命令に服したのだ。
紫苑は二度目のお願いをしなかった。本を丁寧に閉じる。
アーヴィンの手から赤ペンが落ちた。禁書庫を管理する不死の司書長ノクティスが、百年ぶりに観覧席から立ち上がる。彼は紫苑へ鍵束を差し出した。
「灯火一つを再現する試験でした」
司書長の背後で、数万冊が一斉に頁を伏せる。
「しかし本日、学院の知識そのものが、あなたを主人と認めました」