空の再生窓

画面には、何も映っていなかった。

望月茉莉監察官は、黒い再生窓を獅子戸巡査へ向けた。路地で被疑者が死亡した夜、獅子戸のボディーカメラ映像は完全消去されている。獅子戸は「本体を落とし、気づいたときには初期化されていた」と供述した。上層部は、機器管理を怠った獅子戸一人の処分で終えるつもりだった。

「復元できました」

茉莉は言った。

嘘だった。

黒い窓の下には再生バーを表示してあるが、読み込ませたのは空のファイルだ。獅子戸は画面を見ず、観察窓を見た。向こうには橘川副署長がいる。

「再生しますか」

「必要ありません」

「なぜ」

「もう見たからです」

「いつ」

獅子戸は黙った。

茉莉はマウスへ手を置いた。

「音声も戻っています」

「副署長の声は入っていないはずだ」

言った直後、獅子戸の顔から血の気が引いた。

茉莉は再生ボタンを押さなかった。

「なぜ、橘川副署長の声を気にするんですか」

「今のは仮定です」

「私は副署長の名前を出していません」

観察窓の向こうで影が動いた。内線が鳴る。茉莉は切った。

獅子戸は両手で顔を覆った。

「消せと言われたんです。路地で押さえたあと、副署長が来た。俺のカメラを外して、映像を見た。『この声が残れば全員終わる』って」

「何が録音されていた」

「救急を呼ぶな、と。息をしてないのに、先に所持品を作れって」

扉が開き、橘川が入った。

「欺罔による聴取だ。供述は無効だ」

「任意の監察聴取です」

「復元したと嘘をついた」

「映像の内容は誘導していません」

橘川は獅子戸へ言った。

「一人で責任を負えば、家族は守る。余計な名前を出すな」

茉莉の机には、空の記録媒体しかない。物証がなければ、獅子戸はまた供述を変えるかもしれない。茉莉自身も、違法な心理誘導をしたと攻撃される。それでも、今の言葉を消せば、組織が用意した一人分の罪だけが残る。

彼女は聴取記録へ、獅子戸の発言を一字一句入力した。橘川の名も省かなかった。

印刷した調書の上へ、空の記録媒体を置く。

「映像はありません」と茉莉は言った。「だから、あなたの言葉を残します」

そして録音中の赤いランプを指し、署名欄を獅子戸へ向けた。