空港の雨、飛ばない紙飛行機
桐沢芽衣の乗る便は、雷雨のため出発が二時間遅れていた。
搭乗口前の席は埋まり、芽衣は窓際の床に近いベンチへ座った。
隣では、小学生くらいの女の子が搭乗案内の紙を折っている。
「飛行機?」
芽衣が訊くと、少女は頷いた。
「でも、ここでは飛ばさない。怒られるから」
「正しい判断」
紙飛行機は膝の上へ置かれた。
少女の母親は少し離れた売店へ飲み物を買いに行っている。
窓の外では、本物の飛行機が雨に濡れ、動かず並んでいた。
「飛ばないね」
少女が言う。
「雨が弱くなるのを待ってる」
「飛行機も怖いの?」
「怖いというより、安全なときに飛ぶ」
「じゃあ、失敗じゃない?」
「たぶん、上手な待ち方」
芽衣は今日、転職先の面接を受けに行く予定だった。
便の遅れで、開始時刻には間に合わない。先方へ連絡すると、オンライン面接へ変更してくれた。
空港の小さな会議ブースで受け、先ほど終わったばかりだ。
手応えは分からない。
「お姉さんも飛行機待ち?」
「うん。仕事の結果も待ってる」
「二つ待つの、大変」
「一つずつしか待てないから、今は飛行機」
母親が戻り、芽衣にも温かいカフェラテを一杯くれた。
買い間違えて二つ出てきたという。
紙カップから、ミルクと珈琲の香りが上がった。
三人は窓の外を見た。
雨が滑走路へ白い筋を作り、誘導灯が赤や青ににじむ。
少女は紙飛行機へ小さく〈あとで〉と書いた。
「何があとで?」
「飛ぶのが」
少女は答えた。
やがて雲が明るくなり、地上係員が動き始めた。
停止していた飛行機が一機、ゆっくり滑走路へ向かう。
搭乗口に拍手は起きなかったが、皆の肩が少し動いた。
芽衣の携帯にも一通届いた。
〈本日はありがとうございました。結果は後日ご連絡します〉
まだ待つことには変わりない。
それでも、少女の紙飛行機と同じく〈あとで〉と書かれた気がした。
搭乗案内が始まり、母子とは別の列へ並んだ。
少女は紙飛行機を鞄へしまい、芽衣へ手を振った。
外では雨が上がり、濡れた翼へ薄い空が映っている。
機内へ入っても、カフェラテの甘い香りが袖に残っていた。
飛ばない時間は、飛べない証拠ではない。
安全な空が来るまで、膝の上で形を崩さず待っている時間だった。