笑わない道化師
国枝オトハが《笑う》エモートを出すと、道化師パルルも同じ笑顔で短剣を振った。
《鏡写しNPC》
直前に見たプレイヤーのエモートを、そのまま再現します。
攻略法は単純だった。笑えば攻撃、座れば停止、踊れば隙ができる。オトハたちはパルルを操り、玉座の罠を解除させてきた。
最後の床だけ、罠の中央に子供NPCが倒れている。《踊る》を使えばパルルは安全装置を踏むが、同時に子供へ短剣が当たる位置だ。
「構うな、NPCだ」
仲間が踊り始める。パルルの足が上がる。
オトハは割り込み、《泣く》エモートを出した。
パルルは泣かない。
鏡写しなら即座に真似るはずなのに、笑顔のまま動きを止めた。頬が引きつり、やがて自分の手で口角を下げる。
「もう、真似したくない」
短剣を捨て、罠の中へ飛び込む。子供を抱き上げた瞬間、床から炎が噴き、パルルのHPが一まで減った。
オトハは回復薬を投げる。仲間は攻略失敗だと怒鳴る。パルルは子供を安全地帯へ置き、自分だけ炎の中で笑った。
「それも誰かの真似か?」
「いいえ。助けられて、嬉しいからです」
笑いながら泣いている。エモート一覧にない顔だった。
玉座の扉は開かなかった。代わりに、鏡だらけの壁が崩れ、裏から観客席が現れる。そこにはプレイヤーの表情を学習する装置が並んでいた。パルルはボスではなく、感情模倣の訓練用NPCだった。
《攻略ギミック停止。玉座到達失敗》
《鏡写し同期を解除》
観客席の装置には、プレイヤーがパルルを動かして笑った回数が記録されていた。彼が真似したのは表情だけでなく、誰かを道具にして楽しむ感情までだった。
オトハは自分のエモート欄を閉じる。
パルルはもう手本を待たず、子供へ向けて不器用な変顔をした。子供だけが笑った。
パルルは自分の頬へ触れ、笑顔が消えても存在できることを確かめた。泣き顔のままでも攻撃力は上がらず、罰も受けない。感情は戦闘コマンドではなく、誰にも見せなくても持っていてよいものだった。
《訓練完了――模倣対象と異なる感情を選んだ時点で、パルルは教材ではなく感情の所有者となりました》