約束のあと、二人席
安西敬介は、離婚した元妻の母を毎月病院へ送っていた。
元妻は海外赴任中で、足の悪い母親を頼める人がいない。離婚前から続けていた送迎を、「帰国するまで」と約束したという。東雲知香は、その話を聞くたびに笑って「決めたことなら仕方ないね」と言った。
本当は敬介が好きだった。けれど好きと言えない。過去の家族との約束をやめてほしい気持ちまで、告白について出そうだった。責任を果たす彼を好きになったのに、その責任を邪魔に思う自分が嫌だった。
知香は送迎の日だけ、会う約束を入れないようにしていた。急な検査や渋滞で遅れるたび、敬介が申し訳なさそうにするのが嫌だったからだ。予定を空ければ傷つかない。けれど空白は理解ではなく、最初から自分を後回しにする方法になっていた。理解のいい恋人を演じるほど、知香の予定表は白くなった。
その日は診察が長引き、薬局の受付終了まで十分。知香は病院近くの喫茶店で待っていた。敬介が元義母をタクシーへ乗せ、息を切らして入ってくる。
「ごめん。夕食、間に合わない」
「約束だから、仕方ない」
「またそれ」
「何が」
「仕方ないって言うとき、知香は俺を見ない」
店は閉店準備に入り、店員が二人のテーブルから砂糖壺を下げた。帰るにも会計を待つしかない。
「嫌なら嫌って言って」
「嫌だよ。元の家族に呼ばれるたび、私は予定の外にいる」
「送迎をやめてほしい?」
「言えない。約束だから」
敬介は黙って伝票を裏返した。
「約束は守る。でも、守ることを言い訳にして、知香を待たせていいわけじゃない。次から夕食の時間を先に決める。遅れるなら、俺が店を変える」
「それだけ?」
「それだけを続ける。誰かを選ぶために、誰かを切るのはもうしたくない」
閉店時刻になった。知香は共有カレンダーを開く。来月の送迎予定を消さず、その一時間後に近くの店を二名で予約した。
「約束だから、待つんじゃない」
予約完了画面を敬介へ見せる。
「約束のあとに、私の時間も取って」