紫蘇の粒と保留欄

井出菜摘は、研究棟の休憩室で提供意思確認書を広げていた。

姉の腎臓移植に向けた検査で、菜摘は適合の可能性が高いと分かった。家族はまだ正式な結果を聞いていない。それでも母は電話で、「やっぱり姉妹ね」と泣いた。姉は何度も謝り、断ってもいいと言った。

断ってもいいと言われるほど、断れなかった。姉には幼い子がいる。菜摘は独身で、健康で、会社も休職制度がある。家族の中では、差し出せる条件がそろっているように見えた。

けれど怖かった。手術も、その後の身体も、もし姉の経過がよくなかったときに自分が抱く感情も。怖いと言えば、姉を助けたくない人になる気がして、面談では前向きに考えますと答えた。

医師は、提供するかどうかは菜摘自身が決め、途中で考えを変えてもよいと説明した。家族の前では全員がうなずいたが、帰りの車では母が手術後の予定を話し始めた。姉は黙って窓を見ていた。誰も強制していないのに、未来だけが先に決まり、菜摘の返事が追いつくのを待っているようだった。姉を思う気持ちと、手術を恐れる気持ちは、同じ身体にあってよかった。

母が届けた赤紫蘇のおにぎりが、確認書の横にある。紫蘇の香りが強く、噛むと細い茎が歯へ残った。

菜摘は茎を見つけるたび、指で抜いて包みの端へ置いた。母の赤紫蘇には昔から硬い部分が混じる。姉は気にせず食べ、菜摘は一本残らず除いた。

半分食べたところで、菜摘は手を止めた。食べにくいものを除く自分は、臆病なのではない。ただ、身体へ入れるものを自分で選んでいるだけだ。

最後に見つけた茎を、確認書の〈同意する〉の四角へ置いた。その下の〈検討を継続する〉へ印をつける。移植コーディネーターとの個別面談を、家族同席ではなく一人で希望すると書いた。

おにぎりは食べきった。茎だけを包みに集め、確認書とは別にした。

菜摘は同意を捨てたのではない。今夜、急いで飲み込まないと決めただけだった。保留欄の印が乾くまで、紫蘇の茎を指先で押さえた。