背番号のない写真

同窓会のスライドに、女子バスケットボール部の集合写真が映った。

亜子は画面の中にいない。撮影者だったからだ。

高校最後の大会直前、右膝を痛めてベンチにも入れなくなった。ユニフォームは返却し、代わりにカメラを渡された。「記録係をお願い」と顧問は言った。役に立てるのが嬉しいふりをして、試合後の笑顔を何十枚も撮った。

卒業式の日、窓際で部員たちが写真を配った。亜子の分にも、背番号の並ぶ集合写真が入っていた。レナが「亜子が撮ったから一番いい写真」と言ったとき、亜子は笑えなかった。

自分がいないことを褒められた気がした。

大人になってから、スポーツ観戦も避けた。膝は治ったのに、走ることには戻らなかった。「元バスケ部」と言うたび、自分だけ背番号のない経歴を名乗っているようだった。

上映後、レナが一枚の写真を差し出した。試合会場のガラスに、カメラを構える亜子が反射している。小さく、ぼやけ、右膝にサポーターを巻いている。

「これ、見つけた。ちゃんといたじゃん」

亜子は写真を見つめた。コートには立てなかった。悔しかったことも、記録係を嫌だったことも消えない。それでも、いなかったわけではない。

同窓会の集合写真で、亜子はまた「撮るよ」とカメラを渡されかけた。反射的に受け取りそうになり、手を引いた。

「今日は私も入る」

誰かが三脚を持ってきた。亜子は最後列の端ではなく、レナの隣へ立った。膝を少し曲げると古傷が鈍く鳴ったが、そのままレンズを見た。

帰り道、地域の体育館に貼られていた子ども向けバスケット教室の募集を思い出した。選手募集ではなく、運営補助の募集もある。

スマートフォンから応募し、経験欄へ「高校三年間、バスケットボール部」と書く。背番号を書く欄はなかった。

送信後、ガラスに映った自分の写真を保存する。

今度の写真では、シャッターが切れる瞬間にもそこにいる。

中心でなくても、コートの外でも、過去の自分はそこにいた。今度はその姿を、誰かに撮ってもらえる場所へ戻る。