自画像の左目

画家は七十歳で筆を置いた。

手が震え、細い線を引けなくなったからだ。

展覧会の依頼を断り、教室も閉めた。

人に「まだ描ける」と励まされるたび、できないことを見張られている気がした。

屋根裏には、二十五歳の自画像がある。

若い顔が真正面を見て、左目だけ少し大きい。

画家が手で自分の左目を覆うと、絵の若者が話した。

「右しか見てない」

自画像は、画家が左目を隠している間だけ話した。

「お前の左目が下手だから隠した」

「昔から言い訳がうまい」

「若いくせに偉そうだ」

「私だからね」

若い自分は、何者にもなれない不安を抱えていた。

最初の個展に客が来ず、絵を全部燃やそうとした夜も知っている。

老いた画家は、若い自分が才能と自信に満ちていたと思い込んでいた。

「手が震えたら、私は描かなかった?」

画家が聞く。

「震える前の線を描こうとするならね」

「違う線なら?」

「それを決めるのは、そっち」

画家は左目を離した。

自画像は黙る。

翌日、太い木炭を買った。

細部を描けないので、大きな紙へ腕全体で線を引いた。

最初の一枚は、ただ黒く汚れた。

二枚目は、震えがそのまま波のようになった。

三枚目には、閉じた教室の椅子を描いた。

うまいかどうか分からない。

若い頃の絵とはまるで違う。

それでも描いている間、手の震えを隠さずに済んだ。

元生徒たちが訪ねてきた。

画家は完成作を見せず、木炭を一本ずつ渡した。

「今日は教えない。私も分からないから」

皆で床へ紙を広げ、失敗を直さず線を重ねた。

夜、自画像の前で左目を覆った。

「どうだ」

若い自分は言った。

「右目だけじゃ見えない絵だね」

「褒めてる?」

「決めるのは、そっち」

画家は笑った。

最後の展覧会と題して、新旧の作品を同じ部屋へ並べた。

若い自画像の隣には、震える線だけで描いた現在の顔。

左右の目はどちらも形になっていない。

それでも見る人は、二枚の間を何度も往復した。

画家は筆を置いたのではなかった。

握り方を一つ失い、別の持ち方を覚えただけだった。

自画像の左目は、今も少し大きい。

もう手で隠さない。

間違った比率も、若い自分が必死に見ようとした跡として、そのまま残している。