船長が迎えに来る客

若林八重は、家族旅行の費用を七海に払わせながら、彼女だけ一番下の船室にした。

「海運会社の事務員だったんでしょう? 船には慣れているはずよ。窓がなくても平気ね」

八重は自分と息子の純一には最上級客室を予約し、親戚には「嫁の実家では一生乗れない豪華客船」と自慢した。予約画面を操作したのは七海で、代金も彼女の口座から落ちる。八重は部屋割りを最後に書き換え、七海には出港前夜まで知らせなかった。純一が抗議すると、『嫁なら親を立てなさい』と言い切った。

出港当日、乗船口で七海のカードだけ読み取り音が違った。

係員が姿勢を正し、無線で何かを告げる。ほどなく船長と白い制服の上級士官たちがタラップまで降りてきた。

「海東七海様、お帰りなさいませ」

八重が眉を上げた。

「今は若林です。それに、この子は一番下の客室よ」

船長は予約表を見て目を見開いた。

「本船のオーナーご家族を乗員区画近くへ? そのような手配は承認できません」

海東海運グループは、客船、貨物船、港湾、造船所を世界中に持つ巨大企業だった。七海が事務員と説明したのは、結婚前に現場を学ぶため予約部門で働いていたからである。船の設計会議にも参加し、この船の図書室は彼女の提案で造られていた。この船も、七海の祖母の名を冠して建造された一隻である。ロビー中央の肖像画を見ると、若い祖母の面差しは七海と瓜二つだった。乗客たちも次々にそれへ気づき始めた。

七海の父である会長が後方から現れた。作業現場を見るため、社員と同じ制服を着ている。

八重はすぐに態度を変えた。

「まあ、七海さんのお父様。私たちも家族ですから、オーナーズスイートで一緒に――」

純一が母の荷物を下ろした。

「母さんは七海に払わせたうえ、食事の席まで別にした。僕は七海と行く」

船長が七海へ金色のカードを差し出す。

「船内すべての区画に入れる所有者キーです。客室割りも変更できます」

八重は笑顔を作ったまま、最上級客室の札を握った。

七海は予約端末を見て、静かに一か所だけ直した。

「私と純一は祖母の部屋へ。義母の予約は、本人が選んだ条件のままで」

係員が八重のカードを再発行する。

そこには最上級客室ではなく、『支払者変更済み・一般内側客室』と表示されていた。

汽笛が鳴り、船長以下の士官全員が七海へ敬礼した。