花束と最後尾
咲耶は花束を抱え、終電の最後尾へ乗った。
披露宴会場で余った花を、責任者が持たせてくれた。白いトルコキキョウ、薄紫のスイートピー、葉の端が少し乾いたユーカリ。冷房の風を受けるたび、包装紙がかさりと鳴る。
咲耶は婚礼装花の仕事をしている。今日も新郎新婦の席へ花を置き、写真に映らない角度まで整えた。華やかな一日だった。だから帰宅して一人で鍵を開ける瞬間が、いつもより静かに感じられる。
車内には、離れた席に女性が一人いた。その人も小さな花を持っている。赤いガーベラ一本をティッシュで包み、鞄の上へ置いていた。
電車が揺れるたび、二つの花が別々の方向へ動く。咲耶の花束は大きく、ガーベラは細い。窓には両方の色が薄く映り、トンネルへ入ると車内の照明だけが花弁を照らした。
女性は一駅先で降りた。立ち上がる前にガーベラの茎を指で直し、花が折れていないか確かめる。誰に渡すのか、自分のために買ったのかは分からない。ドアが開いたとき、ホームの冷気が入り、赤い花弁と咲耶の白い花弁を同時に揺らした。女性はそれを一度押さえてから歩き出した。
ドアが閉まると、座席には赤い色がなくなった。けれど空調の風が一度巡り、ほんの少し青い匂いが残った気がした。
咲耶は自分の花束を見下ろした。
持ち帰っても、部屋には大きな花瓶がない。いつもなら何本か同僚へ分ける。今夜はもう誰にも会わない。
終点までのあいだ、包装紙がかさり、車輪がたたんと鳴る。その反復の中で、咲耶は花を誰かへ渡すものとだけ考えていたことに気づいた。会場では名前の札がつき、席が決まり、贈る相手が決まっている。終電の花には、まだ行先がなかった。
自宅の駅で降りると、雨はやんでいた。コンコースの空調が花弁をもう一度揺らす。咲耶は駅前の店で、小さなガラス瓶の水を一本買った。飲み終えたら花瓶にできる。
誰かの祝福に使われた花が、今夜だけ自分の部屋にあってもいい。咲耶は花束を抱え直した。鍵を一人で開ける音を、少しだけ楽しみにできそうだった。