花火より三秒遅く
二十一時五十分。ビルの屋上で、波岡恭弥と和泉千鶴は川向こうの花火を見ていた。入場口が閉まるまで十分。光ってから三秒遅れて音が届く距離だった。
二人は毎年、同じ場所へ来た。千鶴が買った二枚の屋上券を恭弥が受け取り、帰りに半額を渡す。友人だから割り勘。恋人ができた年も、別れた年も、この夜だけは二人だった。券の端には、千鶴が年ごとに小さな星を一つ描いている。十二個目の星だけは空欄だった。千鶴が「来年は違う関係で来られたら描く」と言い、恭弥は関係者席でも取るのかと聞き返した。千鶴は笑わなかった。
「昨日、告白された」と千鶴が言った。
花火が開き、三秒後の轟音が続く。
「よかったじゃん」
「まだ返事してない」
「いい人なんだろ?」
「恭弥は、受ければいいと思う?」
「友達としては、そう思う」
千鶴はスマートフォンの録音を止めた。人混みで聞き返さなくて済むよう、毎年会話を録り、翌日写真と一緒に残していた。
「じゃあ、そうする」
「幸せになれよ」
「うん。恭弥も」
二十一時五十七分。千鶴は先に階段へ向かった。最後の花火が開き、彼女が振り返って何か言った。恭弥には「好きだから」とだけ聞こえた。告白した相手が好きなのだと思い、手を振った。
屋上の出口が閉まり、恭弥はエレベーターを待った。共有アルバムへ録音が自動アップロードされ、通信処理の終わった音声が届く。雑音除去された最後の一文を再生した。
〈その人は断った。恭弥が好きだから〉
現場では「断った」の直後に花火の音が重なり、名前の前も轟音に消えていた。千鶴は恭弥の答えを録音に残し、それを聞き直す前に別の人へ返事をするつもりなのだ。
電話をかける。呼び出し音の途中で、千鶴から〈今、返事した〉と届いた。どちらへ返したのかは書かれていない。続けて共有アルバムから、今年の券の写真が削除された。
エレベーターが到着する。恭弥は来年の日付で入れてあった〈花火・二人〉の予定を削除し、一階のボタンを押した。