薬草園の診察券

 古河原結は、小児科の隣にある調剤薬局で働いている。

 病院の中庭には、院長の飼い猫・薄荷がいた。人の多い待合室へは入らず、硝子越しに子どもたちを眺める。注射のあと泣いていた子も、薄荷が尾を動かすと少しだけ顔を上げた。

 中庭の植木を手入れした午後、門の留め具が甘くなっていた。

 気づいたときには、薄荷の姿がない。

 院長は診療を続けなければならず、結と受付職員が近所を捜し始めた。

 待合室にいた子どもたちも、保護者と一緒に写真を見た。

「背中に葉っぱみたいな模様があります」

「大きな声だと隠れます」

 怖がらせないよう、走らず、見つけても追わない約束をした。

 薬局、花屋、八百屋、訪問看護の車。町の医療に関わる人たちから、少しずつ情報が集まった。

 薄荷は植物の匂いが好きだった。

 中庭でも、薬草の鉢のそばでよく眠る。結は、裏通りの共同薬草園を思い出した。

 園を管理する老人へ連絡すると、「猫らしい影なら温室へ入った」と言う。

 小さな温室には、ミント、ローズマリー、レモンバームが並んでいた。

 結たちは入口を開けたまま、静かに待った。

 奥の木箱から、薄荷の耳が二つ現れる。

 院長の白衣を借りて床へ置くと、猫は匂いを確かめ、ゆっくり近づいてきた。追わずに待っていた子どもが、胸の前で小さく拍手した。

 病院へ戻ると、薄荷は中庭のいつもの椅子へ座った。

 院長は診療の合間に額を撫で、「君まで診察券を作るところだった」と笑う。

 捜索に加わった人々へ、薬草園の老人が人間用のレモンバームティーを持ってきた。子どもには薄い林檎茶。猫には水だけ。

 待合室の外で、温かなカップを囲む短い休憩になった。

 それをきっかけに、薬草園と病院で月に一度、小さな園芸会を開くことになった。

 通院中の人も、近所の人も、香りの弱い安全な植物を一緒に育てる。中庭の門は二重に直された。

 翌月、結がミントの鉢へ水をやっていると、薄荷が硝子戸の向こうで目を細めた。

 消毒薬の清潔な匂いに、葉を揉んだ青い香りが重なる。

 病院へ来る理由は人それぞれだったが、その朝は皆、猫が無事に伸びをする姿を見るため、ほんの少し同じ場所へ集まっていた。