見えない父
国見匠海の仕事は、毎朝百人分の「見えない履歴書」を点検することだ。
採用AI《BLIND》は名前、年齢、顔、住所を消し、国の共通形式に変換できた職歴だけを採点する。古い紙の資格や会社独自の役職は、偏見を持ち込まないため評価から除く。それが完全匿名選考の規則だった。
九十七人目の候補者は、職歴欄のほとんどが空白だった。
〈標準化可能経験 2年〉
〈推奨 初級溶接訓練〉
添付された作業データに、一本だけ奇妙な溶接線がある。始点をわずかに二度焼く癖。匠海はその線を知っていた。
父の宗一郎だ。
三十七年勤めた造船所が閉鎖され、今月から仕事を探している。曲がった鋼板の音を叩くだけで厚みの違いを当て、若手が失敗した継ぎ目を夜のうちに直す人だった。国の職歴データが始まる前の三十五年は〈検証不能〉として消え、最後の二年だけが残ったのだ。
《BLIND》の画面では、その二年も「補助作業」とだけ変換されていた。班長だった記録は会社独自の役職なので削除されている。
昨夜、父は電話で言っていた。
『若い連中と同じように見てもらえるなら、AIも悪くないな』
同じように見るために、父が積んだ年月は見えなくされた。
匠海は紙の技能証明を追加しようとした。画面が拒む。
《人的補完は匿名性を損ないます》
候補者名を知っていると申告すれば、自分が審査から外れる。しかし次の審査者も、標準化された空白しか見ない。
採点結果が出る。
〈基礎技術不足 不採用〉
その瞬間、父から写真が届いた。面接用に買った紺色のシャツ。鏡の前で照れくさそうに立っている。
『結果は昼か?』
匠海は「まだ」とだけ返した。
百人目まで点検を終え、父の履歴書を印刷する。名前も年齢もない白い紙に、赤い不採用印だけがある。
匠海は裏面へ、父が造った船の名を覚えている限り書いた。十二隻。最後に、幼い自分へ初めて溶接面を被せてくれた日のことも書く。
自動審査機ではなく、採用部長の机へその紙を置いた。
匿名性違反の警告が鳴ったが、匠海は社員証を読み取り機から抜いた。