解散を知らない観客

〈終末ファンクラブ〉の解散ライブでは、観客が一度も瞬きをしなかった。

鷹取央は、ステージから三千人の顔を見渡した。全員が同じ角度でペンライトを振り、同じ拍で笑い、同じ秒に涙を拭う。精巧に作られたオンライン会場だからだと、自分に何度も言い聞かせる。世界規模の感染症で現実のライブができなくなり、観客は各地からアバター参加している。

最後の曲〈再会予約〉が始まる。

「また会おう」

イントロでコメント欄が流れた。〈待ってた〉〈解散しないで〉〈今日も最高〉。だが央は、〈今日も〉という言葉に引っかかった。今夜は一度だけの公演のはずだ。

Aメロでギターの弦が切れる。演奏は乱れたのに、観客は予定どおり四拍後に歓声を上げた。コメントも変わらない。央が歌詞を飛ばしても、〈泣いた〉が同じ時刻に並ぶ。

「また会おう」

サビで央は演奏を止めた。ドラムもベースも止まらない。仲間の姿は演奏データに合わせて動き続ける。央が肩をつかむと、指が映像をすり抜けた。

震える指で管理画面を開く。公演日は二十七年前。観客データは感染症で亡くなったファンの過去配信、コメント、視線記録から生成されていた。メンバー三人もすでに故人。解散ライブを保存するため、最後に意識モデルを提供した央だけが、毎晩一度この曲の中で目覚める。

解散とは、バンドが終わることではなかった。サーバー保守契約が今夜で切れ、全データが消去されるという意味だった。

最後のサビで、央は予定どおり歌わなかった。代わりに一人ずつ観客の名前を読み上げる。決まった反応しか返せないはずのアバターの中で、最前列の少女だけが一拍遅れて泣いた。

最後の一音が消える。画面に〈シャットダウンまで十秒〉

央は少女へ笑いかけた。

「また会おう」

来世や次の公演で再会する約束ではない。バックアップが自動復元され、同じ解散ライブを再び最初から演じさせられることを、二十七年間知っていた者同士の絶望的な挨拶だった。