解散宣言は笑われない
生放送まで五分。柴崎絢斗は楽屋で、舞台用のバナナの皮を踏みかけた。
相方は鏡の前でネクタイを直している。今夜の漫才が当たれば、全国ツアーが決まる。売れない頃、相方の一言で何度も舞台へ戻れた。けれど今は、何を話しても落ちを求められる関係に、絢斗の言葉だけが居場所を失っていた。解散後は脚本家へ戻るつもりだったが、契約上、今夜降りれば五年は放送業界で働けない。
「今日で解散したい」
相方は一拍置き、頭をはたいた。
「間が長いわ。そこ、笑いどころちゃうぞ」
本番の終了ベルが鳴った瞬間、絢斗はまた生放送五分前へ戻る。バナナの皮が同じ場所にある。
相方が本気で「分かった」と答えれば、ループは終わる。絢斗はそう悟った。十年続けたコンビを、笑いに紛れず終わらせることが目的だった。
二周目、借金も、ネタを書く苦痛も話した。
「今日で解散したい」
「重い前振りやな。オチは?」
三周目、怒鳴った。四周目、泣いた。六周目には解散届を見せたが、相方はカメラ用の小道具だと思い、サインまでボケに変えた。
八周目、絢斗は相方が笑いへ逃げているのではなく、自分が「分かった」と言わせて悪者にしたいのだと気づいた。自分から舞台を捨てる覚悟がないから、最後の決断だけ相方へ渡していた。
九周目。
「今日で解散したい」
「せやから、オチ――」
「舞台で言う」
開始ベル。二人は照明の中へ出た。絢斗は最初の挨拶もせず、全国のカメラへ向けた。
「今日で解散したい」
客席に笑いが起きる。相方がいつもの角度で頭をはたく。絢斗は返さず、マイクを床へ置いた。
笑いは数秒で止まった。台本にない沈黙が続き、スポンサー表示が消える。絢斗は舞台袖へ歩いた。
終了ベル。今度は楽屋へ戻らなかった。時計は放送開始一分後を示す。
違約金、炎上、今後の出演停止。スマホへ通知が積み上がる。背後で相方が一人、予定していた最初のボケを口にした。
誰も笑わなかった。
絢斗はそれを、初めて本気で受け取られた返事だと思った。