触れずに差し出す手
アイナは、頼んでもいないのに身体を支えられるのが嫌いだった。
事故で右脚を痛めて以来、善意の人々は彼女の肘をつかみ、抱き上げようとする。転ぶより先に自由を奪われる感覚が、何より苦しかった。
レオント公爵だけは触れない。
階段では手すりの位置を確かめ、椅子を少し引き、杖を置ける場所を空ける。それでも手を貸すのは、アイナが「お願いします」と言ったときだけだった。
彼は工事の遅れに一日の猶予も与えず、泣く請負人を容赦なく切る男だ。だが彼女の歩幅にだけは、誰にも気づかれないほど正確に合わせる。
公爵領の新議事堂が完成した日、設計者であるアイナは表彰台へ呼ばれた。
壇上へ続くのは十二段の階段。彼女の図面には緩やかな通路もあったが、典礼官が「見栄えが悪い」と撤去させていた。
「私どもがお運びします」
二人の衛兵が腕を伸ばす。
アイナが断る前に、レオントの声が響いた。
「触るな」
衛兵たちが凍りつく。
典礼官は苦笑した。
「閣下、式が進みません。少し抱えて差し上げるだけです」
「本人が頼んだか」
「親切に許可が必要ですか?」
「身体に触れるなら必要だ」
広場の貴族たちがざわめく。アイナは杖を握り直した。階段を上れば意地を張ったと笑われ、運ばせれば公爵の寵愛に甘えたと言われる。
レオントは階段の下へ立った。ただし手を差し出さず、三つの選択を示す。
「階段を上る。仮設板を敷かせる。表彰台を下ろす。式を中止することもできる」
典礼官が顔をしかめた。
「一人のために王族用の壇を動かすのですか」
「この建物を設計した一人だ」
「公爵夫人になる方が、人前で弱みを見せるなど――」
レオントの目が鋭くなる。
「助けを選ぶことは弱みではない。拒むことも同じだ」
彼はアイナへ尋ねた。
「どうしたい」
「表彰台を下ろしてください。私だけでなく、階段を使えない人は他にもいます」
レオントが指を上げると、工兵が一斉に動いた。
典礼官が抗議する。
「式次第が崩れます!」
「直せ。アイナの身体を式次第に合わせるな」
壇が地面へ降りたあと、レオントはようやく掌を上向けた。
「杖を預かっても?」
アイナは自分で壇へ上がり、それから彼へ杖を渡した。