誕生日の空席
娘から、十年ぶりに誕生日の招待状が届いた。
母は幼い娘を残して家を出た。
事情はあった。
けれど娘にとっては、来なかった年月がすべてだった。
会いたい。
同じくらい、責められるのが怖い。
母が招待状を空席へ置くと、同じ服を着たもう一人の自分が座っていた。
招待状を席に残している間、代役が祝いへ行き、本物は会場へ入れない。
母は店の外から窓越しに見た。
代役は花を渡し、娘へ深く謝った。
「あなたを置いていったことを、言い訳しません」
「寂しい思いをさせました」
本物が何年も練習した言葉だった。
娘は静かに聞き、
「それで?」
と尋ねた。
代役は続ける。
「これから償いたいです」
「何をして?」
「あなたが望むことを」
娘は笑わなかった。
「お母さんなら、そこですぐ答えられなくなる」
代役が黙る。
娘は窓の外へ顔を向けた。
本物の母と目が合った。
「外にいるんでしょう」
十年前と同じ、怒ったときの声だった。
母は招待状を空席から取るため、店員へ頼んだ。
紙が持ち上がると代役が消え、扉が開いた。
娘の前へ座る。
最初の謝罪で、本当に言葉に詰まった。
「置いていったことを」
喉が固くなる。
娘は待った。
「言い訳しない、って言いたかった。でも、言い訳も聞いてほしいと思ってる」
「ずるいね」
「うん」
母は、病気、借金、元夫との争いを話した。
どれも娘を置いた事実を消さない。
娘は途中で何度も、
「それを私へ言わなかったのはなぜ」
と責めた。
母には答えられないことも多かった。
誕生日のケーキは会話中に乾いた。
ろうそくも忘れた。
祝いらしい時間にはならなかった。
帰り際、娘が花を持った。
「来年も呼ぶとは言わない」
「分かった」
「でも、今日の続きは聞くかもしれない」
「連絡を待つ」
「待つだけにして。勝手に来ないで」
母はうなずいた。
代役なら、正しく償う母親を演じられた。
娘が会いたかったのは、言葉に詰まり、都合の悪い事情も持ち、それでも逃げずに席へ残る本人だった。
空席には、消えた代役の代わりに、二人が食べきれなかったケーキが一切れ残った。