貸出票のない絵本

児童文学サークルの部室は、図書館の旧書庫を借りていた。

桐谷英司は手製の絵本を棚へ差し込み、海東咲季は表紙の角を直し、乃村奏は読み聞かせ用の椅子を三脚並べている。

「そこ、返却棚」と咲季。

「誰にも借りられてないから、返却で合ってる」

英司の絵本は学内の子ども会で読む予定だった。しかし参加者が集まらず、会は中止になった。出版社への持ち込みも三社で終わり、英司は創作をやめると言った。

「四月から学校図書館の事務。物語はもう書かない」

「本のそばにはいるんだ」と奏。

「書かないためにね」

絵本の試作は、英司が文章を書き、咲季が絵を描き、奏が子どもの声で読んで作った。主人公は声をなくした鳥で、最後のページでは歌わずに森を出る。練習のたび、奏は勝手に〈またね〉を付け足し、英司は毎回削った。

咲季は児童書出版社のデザイナーになる。「私は誰かの絵本を形にする」

奏は幼稚園教諭になる。「俺は毎日、同じ話をもう一回読んでって言われる」

英司は笑う。「私は、返ってこない本を督促する」

「結末、前は鳥が歌えたよね」と咲季。

「変えた」

「今のほうがいい」と奏。

「よくないから、やめるんだよ」

閉館放送が流れ、三人は最後の読み聞かせを始めた。鳥が森を出る場面で、奏はいつものように〈またね〉を足す。英司は今度だけ訂正しなかった。

椅子を片づけるとき、奏は一脚を残した。

「明日、誰か座るかもしれない」

「明日から部室じゃない」

「だから、知らない誰かが」

中止になった子ども会の案内が、掲示板に一枚残っていた。奏が剥がすと、裏に英司の手書きで〈参加者ゼロでも読む〉とある。英司は覚えていないと言った。咲季はその紙を絵本へ挟み、約束ではなく栞にした。奏は椅子を一つだけ、紙の正面へ静かに向け直した。

英司は返却棚の絵本を持ち帰らなかった。巻末の貸出票は真っ白で、管理番号も作者名もない。空いた椅子の前で、声をなくした鳥だけが、名前のない森の外へ歩いていた。