赤い糸の落とし物係

大型イベント会場の遺失物責任者、榎木田紅葉は、赤い糸を持ち歩く。

蛍光オレンジの作業ベストのポケットから糸巻きを出し、傘、財布、片方のイヤリングへ一本ずつ結ぶ。

「落とし物は追いかけるな」

浦部成海には、その方針が怠慢に聞こえた。持ち主を探して走る方が親切ではないか。だが紅葉は、拾得場所と時間を赤い糸の長さで分類し、問い合わせが来るまで動かさない。

就職フェアの撤収日、成海は自分のUSBメモリーをなくした。中には、会場運営会社へ出すつもりの退職届が入っている。数千人が出入りした館内で、見つかる望みは薄い。

「中身を確認して探せませんか」

「開ければ早い。でも、落とした物は持ち主の許可まで他人だ」

「急いでいるんです」

「なら、形を話せ」

成海は黒いUSB、角の傷、青いストラップを説明した。紅葉は保管箱を三つだけ開け、一本を取り出す。赤い糸が短く結ばれていた。

「もう見つけていたんですか」

「君がステージ裏で拾得表を書いた時、自分のポケットから落ちた」

「中を見ました?」

「見てほしい顔には見えなかった」

封印シールは切れていない。赤い糸には、拾得場所を示す結び目が二つあった。成海は安心した直後、なぜか腹が立った。

「退職届です。私、この仕事に向いていません。今日だって落とし物を増やした」

紅葉は慰めず、壁の返却率グラフを指した。前年六十一パーセント、今年八十四パーセント。赤い糸の分類表をデータ化し、受付へ導入したのは成海だった。返却棚には彼女が作った色別索引も残っている。紅葉は一度も、自分の発案へ書き換えなかった。

「落とした一個で、拾った千個を数え直すな」

紅葉はUSBの赤い糸をほどき、成海の社員証へ結んだ。もう一端を自分の社員証にも結ぶ。

「迷子札ですか」

「違う。担当経路だ」

これまで赤い糸は、物を保管箱へ縛る印だった。今は二人が別方向へ走り出さないための、短い導線になった。

「落とし物は追いかけるな。戻ってこられる場所を作れ」

成海は退職届を削除しなかった。ただファイル名の先頭へ『保留』を加え、USBを今度は胸ポケットへ入れた。