返却口を閉じる夜
夜九時の図書館で、返却口を閉じるのは最後の仕事だった。
小牧汐南は、誰にでも開かれた場所であることを大切にする。藤堂珠雨は、開かれていることと無防備であることは違うと言う。利用制限をめぐって、二人は何度も意見が割れていた。
一週間前から、同じ男が閉館まで残るようになった。珠雨のカウンターだけに本を返し、名札を見て名前を呼ぶ。帰宅時刻を尋ね、昨日は職員通用口の近くに立っていた。
汐南は記録を取り、館長へ報告するべきだと言った。珠雨はすぐ警備へ連絡したいと言った。館長は「まだ何もされていない」と様子を見るよう求めた。
その夜、閉館放送が終わっても男は出なかった。書架の影から珠雨を見ている。珠雨は返却本の台車を押し、平気なふりで事務室へ向かった。
「裏口から帰る」
「一人では駄目」
「あなたは自転車でしょ」
「今日は違う」
汐南は表の返却口へ向かった。夜間も開けておく規則だ。閉めれば、利用者に不便が出る。
ガラス越しに、男が外へ回るのが見えた。通用口側へ先回りしている。
汐南は返却口の鍵を回した。珠雨も内側の金属板を引いた。二人の手で、銀色の口が閉じる。
汐南は警備へ電話し、珠雨は男の滞在時刻と服装を記録した。どちらかの不安ではなく、二人が確認した事実として残した。館長へ送る報告書にも、二人で署名した。
警備員が来るまで、二人は事務室の隣同士の椅子に座った。励ます言葉はなかった。汐南は珠雨の自転車の鍵を預かり、珠雨は汐南の残った返却本を棚へ戻した。
警備員の到着後、汐南は男を退館させる場に立ち会い、珠雨は事務室で保存映像の時刻を確認した。一人が表へ出れば、もう一人は記録を守る。帰宅時には警備員を挟み、二人とも同じ出口を使った。珠雨だけを隠して終わらせないためだった。
翌日、夜間返却口は警備カメラの範囲へ移された。汐南は利用制限を簡単に増やしたくない。珠雨も、すべての視線を危険だとは思わない。
閉館時刻、二人は新しい返却口を一度押し、きちんとロックされることを確かめた。