進路未定の胸章

卒業式後の教室で、柊木玲奈の胸には「未定」と書かれた紙の花がついていた。

三年四組では、四月から行く場所を花びらへ書き、胸章にするのが恒例だった。東京の大学、地元の病院、調理師学校、家業。色とりどりの文字が制服の胸で揺れている。

玲奈だけは、進学も就職も決まっていなかった。

本当は服飾の学校へ行きたかった。けれど入試当日、駅のトイレから出られなくなり、試験を受けなかった。親にも友人にも「体調が悪かった」としか言えず、二次募集の願書も締め切りを過ぎた。

担任は空白でもいいと言った。玲奈はそれが余計に惨めで、太い油性ペンで《未定》と書いた。

写真撮影で、進路が決まった友人たちが胸章を見せ合う。玲奈は花を手で隠した。隣にいた奈津が、その手を退ける。

「見せたくない」

「未定って、何もないって意味じゃないでしょ」

「決まってないって意味だよ」

奈津は油性ペンを借り、玲奈の胸章へ勝手に一本の線を足した。

《未定→》

矢印は花びらからはみ出し、制服の布まで少し汚した。

「何これ」

「続く感じ」

玲奈は笑えなかった。けれど怒る気にもなれなかった。卒業写真には、大学名や会社名に囲まれ、行き先のない矢印をつけた玲奈が写った。

式が終わっても、すぐ答えは出なかった。春はアルバイトをし、夏にもう一度試験を受け、秋から学校へ通った。途中で辞め、販売の仕事へ就いた。服から離れたつもりでも、同僚のほつれた裾を見ると直したくなった。矢印の先は何度も曲がり、遠回りして同じ場所の近くへ戻った。

二十九歳になった玲奈は、転職サイトの《五年後のキャリア像》という欄で手を止めた。以前なら、もっともらしい肩書きを書いただろう。未定の自分を隠すために。

引き出しから胸章を出す。油性ペンの矢印は、いま見ても制服の外へ飛び出しそうだった。

玲奈は入力欄に書く。

《五年後は未定。半年後までに、衣服修繕の技術を身につける》

遠い答えではなく、次の一歩だけを記す。応募先は、小さなリペア工房だった。

送信すると、画面に《応募完了》と表示された。未定は空白ではない。まだ線を引ける余白だ。

玲奈は胸章を箱へ戻さず、机の前へ留めた。矢印の先に、今日の日付を小さく書き足した。