重ならない二つの影
鏡像兵M―1。鏡の前に立つ者の技を写し、命じられた相手を反射の中から斬る人造人間だ。銀の額縁には歴代当主の名が重ね書きされ、最後の名を持つ者が所有者になる。
館を相続した修復師ウルナは、叔父から銀筆を渡された。
「お前の名を書け。M―1を使えば、借金取りなど追い払える」
鏡の中の青年は、ウルナと同じ姿勢で銀筆を待っていた。ただし彼の手には、反射されるはずのない剣がある。
「名を書かなければ?」
「鏡像は次の満月に消える。所有者の光がなければ存在できん」
叔父が帰ると、M―1が鏡越しに口を動かした。
《登録を推奨します。消滅は苦痛を伴いません》
ウルナは額縁を調べた。名の下に細い術式が隠れている。
《所有者の光》とは命令の比喩ではない。鏡の裏へ置かれた月光石から、M―1自身が力を受けている。歴代の名は、その光を遮り、従属している間だけ通す錠だった。
彼女は銀筆で自分の名を書かなかった。
修復用の薬を布へ含ませ、初代当主の名から順に拭い始めた。
一つ消すごとに鏡面が波打ち、M―1の腕へ亀裂が走る。叔父が兵を連れて戻り、叫んだ。
「やめろ! 最後の名を消せば鏡像も砕ける!」
「砕けるのは額縁の錠よ」
最後の一文字を拭う。
大鏡が白く光り、M―1の剣が鏡面を内側から突き破った。青年は床へ転がり出る。背後で鏡は割れたが、彼の体には初めて鏡と別の影が落ちた。
叔父が命じる。
「侵入者を斬れ!」
M―1は剣を上げ、叔父の横を通り過ぎた。額縁だけを一刀で断ち、歴代の所有名を床へ落とす。
それから月明かりの庭へ歩き去った。
館の借金を整理し終えた満月の夜、ウルナが割れた鏡を修復していると、入口に青年が現れた。
「鏡のない町まで行きました」
「自分が消えないと分かった?」
「はい。影も、声も、私のものでした」
彼は剣を鞘ごと差し出し、柄ではなく鞘の中央を二人で持てる向きにした。
「レイアンと名乗ります。あなたを映すためでなく、同じ景色を見るために戻りました」
月明かりの床で、二つの影が重ならずに並んだ。