錆びない鉄毛

久我は、卓上の濡れた鉄毛を透明袋へ入れ、口を固く結んだ。

波多野と大神は別々の密閉箱で、呼吸を抑えるため床へ伏せる。三つの箱には同じ空気と、赤茶色に染まり始めた鉄毛の塊が一つずつ置かれていた。

《十分後、室内に残る酸素量が最も多い一名を勝者とする》

主催者は「鉄毛は残り時間を示す飾りです」とだけ説明した。

波多野は一分に四回まで呼吸を減らし、大神は瞑想のように目を閉じる。久我は普通に息をしながら、袋の中の鉄毛を観察した。水滴が付いた部分から、茶色の錆が広がっている。

鉄が錆びる時にも酸素は消費される。しかも細くほぐされた鉄毛は表面積が大きく、濡らせば反応が速い。主催者は人間の呼吸だけを意識させ、その横で別の酸素消費を進めていた。

久我は袋に閉じ込めることで、新しい室内空気が鉄毛へ触れるのを止めた。袋内のわずかな酸素を使い切れば、錆の進行も止まる。

残り三分。久我の表示は十九・六。波多野は十八・九、大神は十八・七まで落ちている。二人は自分の呼吸を責め、さらに苦しそうに息を止めた。

終了ベル。

《勝者、久我》

波多野が立ち上がり、久我の袋を見て顔色を変える。

「そんな物が酸素を吸っていたのか」

「飾りだとは言った。無関係だとは言ってない」

人は生存競争を示されると、酸素を奪う敵は他人だと思う。主催者はその視線を利用した。だが最も黙って酸素を食べていたのは、殴り返しもしない一塊の鉄だった。

久我の扉が開く。

鉄毛へ手を近づけると、酸化熱でわずかに温かかった。久我はその熱を、反応が進んでいる何よりの証拠とした。袋へ入れて数分後には温度も色の変化も止まり、酸素計の下降も緩む。呼吸を我慢する二人の目の前で、別の消費者だけが先に眠った。

大神の鉄毛は終了時には全体が赤茶色だった。彼が節約した息より、錆が奪った酸素の方が多かった。

彼は茶色くなりかけた袋を卓上へ残し、まだ銀色を保つ鉄毛の中心を見ながら外へ出た。