録音室の赤いランプ
雪ノ下森由乃が自宅スタジオへ戻ると、録音中の赤いランプが点いたままだった。
床には酒、ミキサー卓には煙草の灰、モニタースピーカーからは焼けた臭いがする。友人の風祭ヶ谷瑠璃乃は、ソファで眠っていた。
「バンド仲間の録音に使っただけ。友達なんだからスタジオ代くらいただでいいでしょ」
由乃は貸していない。瑠璃乃は以前、由乃の猫を預かった際に受け取った玄関キーを返さず、深夜に仲間を入れていた。
録音は無料ですらなかった。
瑠璃乃は〈プロ仕様の貸切スタジオ〉として一組十万円を受け取り、三日間で六組を入れていた。出力を上げすぎてスピーカー二台とアンプを焼き、酒をこぼしてミキサー卓も壊した。
さらに、スタジオのサーバーには発売前の楽曲データが保存されていた。瑠璃乃の客の一人がそれを持ち出し、動画サイトへ一部投稿している。
瑠璃乃は肩をすくめた。
「有名アーティストの曲なら宣伝になるじゃん。由乃も仕事が増えるよ」
機材の遠隔ログには、入室時刻、接続端末、音量、データコピーが残っていた。玄関カメラと決済履歴も一致する。瑠璃乃は利用者へ「由乃公認、未発表曲も聴ける」と宣伝していた。
機材修理は七百万円。未発表曲の公開により、レコード会社は配信計画を変更し、差し替え録音と法務対応が必要になった。損害は瑠璃乃の売上では到底足りない。
瑠璃乃は由乃へ言った。
「曲を持ち出したのは客。私は場所を貸しただけ。友達の責任まで私にかぶせないで」
「私の場所を、私の名前で貸したのはあなたです」
客は瑠璃乃から許可済みと聞いており、データを削除して捜査へ協力した。レコード会社は瑠璃乃へ損害賠償を請求し、決済会社はスタジオ収益を凍結した。
瑠璃乃は実家へ助けを求めたが、家族にもスタジオを共同経営していると嘘をつき、出資金を受け取っていたことが分かった。援助は打ち切られた。
瑠璃乃は機材と車を売り、残額を長期分割で支払う示談へ署名した。
修復された録音室で新しいテイクが録られ、赤いランプが由乃の認証でだけ点灯するよう変更された瞬間、ただで借りた沈黙を売った女には、消せないノイズのような請求だけが残った。