鍵を置く皿

部屋に帰っても、鍵を置く場所が決まっていなかった。

鞄の内ポケット、コートのポケット、食卓の上。朝になると毎回違う場所を探す。鍵には小さな鈴をつけているが、鳴るのは手で動かしたときだけで、なくした鍵から居場所を知らせてはくれない。朝の忙しい時間に鞄をひっくり返し、昨日のレシートやリップクリームを床へ散らすことが何度もあった。そのたび、帰宅した自分のだらしなさを、起きた自分が責めた。

一人暮らしを始めて八か月。家具はそろった。電気料金の引き落としも設定した。近所のスーパーで何曜日に卵が安いかも知っている。それでも玄関を開けた瞬間だけは、部屋がまだ借り物の箱に思えた。

木曜の帰り、駅前の雑貨店で、小さな白い皿を買った。アクセサリー用と書かれていた。縁に青い線が一本あり、値段は三百三十円。必要なものかと聞かれれば、鍵は今まで食卓に置けていた。それでも皿を手のひらに載せると、自分の部屋へ小さな決まりを一つ持ち帰るようで、袋へ入れてもらった。

二十二時過ぎ、皿の入った紙袋を持って帰宅した。ドアを閉めると、冷蔵庫の音がした。上の階で水を流す音もする。誰も「おかえり」とは言わない。

靴を脱ぎ、紙袋から皿を出す。玄関の棚は狭く、消毒液と郵便受けのチラシで埋まっていた。チラシを一枚だけ捨て、皿を置く。全部片づけると、また夜が長くなるから、一枚だけにした。

鍵を皿へ落とすと、硬い音がした。鈴も一度鳴った。

私は小さく「ただいま」と言ってみた。返事がないのは分かっている。声は玄関の壁に当たり、すぐ消えた。少し恥ずかしくなって、冷蔵庫を開ける。

残っていたプリンを取り出し、蓋を開ける。食卓には朝のカップがある。洗濯物も椅子にかかっている。白い皿だけが、玄関で新しい役目を始めていた。

食べ終えてから、もう一度皿を見に行く。鍵はきちんとそこにある。明日の朝、探さなくていい。それだけのことが、誰かに待たれているのとは違う形で、帰ってきた証拠に見えた。

部屋から返事はなくていい。私は空のプリン容器を持って台所へ戻り、今夜の「ただいま」をそのままにした。