鍵を返す家

水守野楓佳が出張から戻ると、玄関に見知らぬ靴があった。

夫の奥津城修悟は、交際相手の朱雀院莉紗をソファへ座らせたまま言った。

「どうせ離婚するんだ。楓佳は荷物をまとめて。パート収入じゃ、この家を維持できないだろ」

莉紗は新しいカーテンの見本を広げた。

「寝室も替えます。奥様の趣味、地味すぎるから」

楓佳は玄関の電子錠へ触れた。

「その鍵、誰が発行したの?」

修悟は夫なら当然だと答えた。だが家は、楓佳が結婚前に相続した単独名義。修悟に与えたのは本人用の一時鍵だけで、追加発行は禁止されていた。

管理会社の記録では、修悟が楓佳の署名画像を無断使用し、莉紗の合鍵を作っていた。入退室履歴と室内防犯カメラには、二人が何度も宿泊し、楓佳の家具を処分する相談まで残っている。管理会社が保全した映像には、修悟が権利書の保管場所を探す姿も映っていた。

「夫婦の家に入っただけだ」と修悟は言った。

楓佳は会社の監査報告を置いた。

修悟と莉紗は同じ住宅設備会社に勤め、客用のカーテンや照明をこの家へ無断搬入していた。代金は展示費として会社へ請求。莉紗は顧客の住所を使って架空納品まで作っていた。

会社の人事部長が到着し、二人へ懲戒解雇と返還請求を通知した。楓佳の弁護士も、不貞慰謝料、住居不法使用、家具の損害を合算した請求書を渡す。

修悟の両親は、息子を連れ戻すためではなく、家の鍵を返すために来た。

父は修悟から実家の鍵を取り上げた。

「他人の家を自分のものと言う人間へ、うちの鍵も渡せない」

莉紗はカーテン見本を抱えたまま、楓佳に一晩だけ泊めてほしいと言った。

楓佳は管理端末を開く。

修悟の鍵、莉紗の合鍵、搬入業者の臨時鍵。三つを選び、削除する。自分の鍵だけが残った。

〈退去期限、本日十八時〉と弁護士が読み上げる。

電子錠が更新音を鳴らした瞬間、追い出されるはずだった楓佳の家は彼女の手へ完全に戻り、二人は持ち込んだカーテンより薄い居場所さえ失った。