鏡のない救い
鏡の間で、ウィラは七人に増えていた。
中央に立つ本人はまだ人の姿だ。だが壁の六枚の鏡と床の磨かれた黒石には、角と鱗を持つ獣が映っている。夜明けまでに反射像が本体と入れ替われば、ウィラは鏡の内側で永遠に喰われる。
反射をすべて壊せば戻る。
ただし鏡を割った者は、そこに映っていた自分の顔の一部を失う。傷ではない。初めから存在しなかったように消える。
ベネトは剣の柄で一枚目を砕いた。
右の眉が消えた。皮膚は滑らかで、毛穴さえない。
二枚目。左頬の古傷がなくなり、その傷を目印にしていたウィラが息を呑む。
三枚目で唇の色が消えた。四枚目で右目の虹彩が透明になる。鏡の獣は一体ずつ悲鳴を上げ、中央のウィラから角が縮んでいく。
「もうやめて」
「あと三枚だ」
「顔がなくなる」
「おまえが残れば、見分けてもらえる」
五枚目を割ると鼻筋が平らになった。六枚目で左目の輪郭が消え、皮膚の下へ埋まる。それでもベネトは片目で最後の反射を探した。ウィラは彼の顔を忘れまいと、消えていく部分を声に出して数えた。太い眉、曲がった鼻、笑うと上がる左の口角。だが言葉にした特徴から順に、彼女自身の記憶まで輪郭を失っていった。
壁の鏡はすべて砕けている。残る獣は床の黒石に映っていた。石は割れない。反射を壊すには、映り込む側を壊すしかない。
ベネトは剣先を自分の残った右目へ向けた。
ウィラが腕へすがる。「私を斬って。その方が早い」
「仲間を斬るより、鏡を壊す方が得意だ」
剣先が瞳へ触れた瞬間、床の反射に亀裂が走った。獣が吠え、黒石の中で粉々になる。
ウィラの角と鱗が消えた。人の姿で倒れた彼女は、すぐにベネトへ手を伸ばした。
触れた頭には、目も眉も鼻も唇もなかった。傷口すらない白い面が、彼女の方を向く。
「ベネト?」
名を呼ぶと、無貌の頭が一度うなずいた。
鏡の破片を見ても、そこには救い手の姿だけが映らない。ウィラは彼の手を握ったが、指の温度以外に、以前の仲間を確かめるものは何一つ残っていなかった。