除籍されるのは本です
市立図書館から電話を受けた紙屋章平は、司書の第一声で立ち上がった。
『息子さんの本、今月で除籍予定です』
章平の息子は大学一年生で、最近ほとんど家へ帰らない。
「何をしたんですか」
『長期間、利用実績がありません』
「大学へは行っているはずです」
『汚損もひどく、所在情報も古いので』
息子が汚れ、住所まで不明。章平の想像は最悪の方向へ進んだ。
「除籍されたら、どこへ?」
『状態によっては廃棄します』
「廃棄!」
章平は大学の学生課へ電話した。
「息子が利用実績不足で除籍されるそうです」
『本学ではそのような処分は出ていません』
「市立図書館が決めたと」
『なぜ図書館が学生を?』
職員に止められるより早く、章平は電話を握ったまま図書館へ走った。
窓口で司書へ詰め寄る。
「息子を捨てないでください。更生の機会を!」
「息子さん?」
「利用実績がなく、汚れていて、所在不明だから除籍すると」
司書は事情を悟り、奥から一冊の古びた郷土史を持ってきた。表紙には《紙屋家の百年》とある。
「以前、紙屋さんが寄贈された本です。図書館では、蔵書登録を取り消すことを除籍と言います」
章平は本を見つめた。
「息子の本、というのは」
「息子さんが小学生のときに作った家族史です。貸出が一度もなく、ページも外れているので、除籍前に寄贈者へ返却できるか確認しました」
章平は胸をなで下ろした。
その場で息子へ電話する。
「おまえ、除籍されるところだったぞ!」
『何の話?』
「図書館から。利用実績がなくて、汚れていて、所在不明だと」
『それ、たぶん本だよ』
「知ってたのか」
『父さんより先に気づくと思う。人間は廃棄しないから』
章平は本を持ち帰り、外れたページを丁寧に直した。
翌週、図書館へ再寄贈すると、司書が新しい登録番号を付けた。
「除籍は取り消せませんが、再登録はできます」
章平はうなずいた。
「人間も本も、やり直せるんですね」
司書は微笑んだ。
「ただし息子さんの延滞本は、早く返してください」