雨の翌日に黴びた麦
大神殿が聖女ロマニアを追放した翌日、王都の備蓄麦に白い黴が生えた。
前夜の雨は短かった。倉庫の屋根にも穴はない。それでも朝、最上段の袋から甘い腐臭が漂い、昼には千袋へ広がった。
大神官ベアルは濡れた袋だけ捨てさせた。だが乾いて見えた袋の内側にも黴は回り、触れた手で別倉庫へ運ばれた。焼けば毒煙が出るため、処分すらできない。
「去年は四十日雨が続いても無事だった!」
倉庫番は、柱に掛かった小さな木匙を見た。ロマニアは毎朝、各倉庫から麦を一粒ずつ取り、匙の上で祈っていた。
彼女は食料を増やしていたのではない。一粒の水分を読み、袋の積み方と通風窓を変えるべき場所へ印を付けていた。祝福は黴を殺すのではなく、増える前に湿気を逃がす合図だった。
大神殿は「麦粒を眺めるだけで聖女給を受け取る」と批判し、公開処刑のような破門式で彼女を追い出した。倉庫番も手順を教わっていなかった。
三日分の備蓄が失われ、市場の麦価は朝だけで倍になった。神殿前には祈りではなく、配給を求める列ができた。
神官たちは倉庫全体へ強い浄化をかけた。黴は死んだが、麦の芽まで焼け、粉にしても苦味が残った。王都のパン屋は一人一個の札を出し、翌日分の酵母さえ売り切れた。備蓄が多いことを誇った都ほど、空腹の知らせは早く広がった。
配給所の黒板から、翌週分の数字が消された。
城外の避難民宿営地では、ロマニアが袋の間隔を指で測っていた。物資係プリカが、雨上がりの麦を割って見せる。中まで乾いている。
「魔力で守ると思っていた。窓を二つ開け、袋を一段下げるだけの場所もあるのね」
「奇跡を使わずに済むなら、その方が長く続きます」
宿営地は彼女を礼拝長ではなく、食料保全責任者として雇った。
夕方、大神殿から白い馬車が来た。ベアルの使者が額を床へつける。
「王都の麦を救えば、聖女位を最高位へ上げる」
ロマニアは木匙を宿営地の棚へ掛けた。
「大神殿の備蓄保全契約は、破門宣告が確定した時点で終了しました」