雨を止めない予報
国際競技場の開会式当日、鴻上燎の気象制御端末へ夜の自分から一文が届いた。
〈南風を九分遅らせろ。〉
制御卓には、娘が折った青い紙風車。十八時から二十一時まで降水量ゼロを達成すれば、燎の会社は十年間の都市気象契約を取れる。失敗すれば保証金四十億円を失い、会社は倒産する。
南風を遅らせると、開会式の途中で雷雲が発生した。中止。二十一時、端末が白くなり、また正午へ戻る。
二周目は上空の氷晶散布を減らし、四周目は海風の流入角度を変えた。青い紙風車は毎回同じ向きで止まっている。
〈南風9分遅延、氷晶−18%、西雲を高度6200で分割。〉
八周目、競技場の上だけ星が見えた。花火が上がり、降水量は〇・〇ミリ。成功条件達成。会社の株価と契約成立通知が一斉に届く。
確定画面の横で、周辺地域の雨量図が赤く染まっていた。競技場から押し出した雲は、北部の乾燥地帯を通過せず海へ流れた。農業区は今季最後の降雨を失い、来月には取水制限。未来の損失予測は、会社の契約利益より大きい。
上司は言った。
「式を成功させるのが仕事だ。農地は契約外だ」
青い紙風車を作った娘は、画面の中で傘を持って開会式を待っている。燎は誰かを救うためではなく、自分が天気を所有できるという契約から降りたかった。
彼は成功用の一文を消した。
〈制御を停止して雨を自然に通し、契約違反は鴻上燎の判断だと公表しろ。〉
正午へ戻る。
燎は全制御を止め、記者会見用の声明を送った。十八時、競技場に激しい雨が降り、式は屋内へ変更。会社は保証金を失って破産し、燎には巨額の損害賠償が残った。気象技師の資格も停止され、社員たちからは独断で職場を奪ったと責められた。娘の進学用に積み立てた口座も差し押さえ対象となり、燎は家族へ結果だけを伝えた。
二十一時一分、北部農地の雨量計がゆっくり上がった。
燎は濡れた歩道で、青い紙風車を排水溝から拾った。羽根は潰れて回らない。それでも雨粒は誰の指示も待たず、未来から一文も届かなかった。