雨粒のストップウォッチ

陸上部のコーチ、篤史は、雨の日の練習を早く切り上げる。

校庭の白線は水に溶け、走路には浅い水たまりができる。無理に走らせれば靴も脚も傷む。

その日の部員たちは、体育館の廊下でストレッチをしていた。一年生の茉白だけが、窓の外を見続けている。

「走りたいか」

「大会、近いので」

「雨は一日で止む。怪我は一日じゃ治らない」

茉白は頷いたが、納得していない顔だった。

篤史は部室から古いストップウォッチを持ってきた。

「雨粒の間隔、計ってみるか」

二人で軒下へ出た。屋根の端から落ちる雫が、水たまりに輪を作る。茉白がボタンを押し、十滴分の時間を測る。雨脚が強まると短くなり、風が吹けば不規則になる。

「一定じゃない」

「走る日も同じだ。身体も風も、毎回違う」

説教のつもりはなかった。ただ、雨を眺める口実が欲しかった。

練習を終え、篤史は部員へ温かい麦茶を配った。夏用に煮出した残りだが、今日は鍋で温めた。紙コップから、香ばしい匂いが立つ。

翌日は晴れた。白線を引き直すと、濡れた土の上へ石灰が鮮やかに載った。

茉白はスタート地点でストップウォッチを篤史へ渡した。昨日より力の抜けた顔をしている。

走り出した靴が、水たまりの跡を蹴る。記録は自己ベストではなかった。それでもゴール後、茉白は土の匂いを吸い込み、「昨日休んだ脚の感じがする」と笑った。

大会当日は薄曇りだった。茉白は自己ベストを一秒だけ更新した。大きく喜ぶより先に、走路の乾き具合を靴底で確かめる。前夜の雨が第一コーナーの内側に少し残っていた。篤史は紙コップの麦茶を手渡す。今日は冷たいものだったが、焙じた香りは雨の日と同じだ。茉白は一口飲み、水たまりへ映る空を見た。休んだ一日の静けさも、記録の中に含まれていた。

片づけのあと、篤史は白線の粉を手から払った。濡れた土に落ちた白はすぐ灰色になる。それでも走路の匂いには、昨日と今日の空がどちらも混じっていた。