雪だるまの口は教えない
九歳の紗良は、雪の積もった校門で同級生の和人に呼び止められた。
和人は白い手袋を振り、前の人生と同じ無邪気な顔で尋ねる。
「紗良んちの合言葉、雪だるまの口は何色?」
父の研究室を兼ねた家では、家族の知人を確かめるため、その質問を使っていた。答えは「赤」。
前の紗良は友達に隠し事をしたくなくて教えた。
その夜、和人の叔父を名乗る男たちが合言葉を使って家へ入り、父の新薬データを盗んだ。証拠は父の端末から発信されたよう偽装され、父は産業スパイとして逮捕された。研究所は閉鎖され、母は近所の視線に耐えられず転居した。紗良が合言葉を教えたと告白しても、父は面会室で「お前のせいじゃない」と笑った。だからこそ、余計に苦しかった。
和人は翌日から転校し、二度と会えなかった。
白い手袋の内側に、小さな録音機の赤ランプが見える。
紗良は笑って答えた。
「青だよ」
和人は一瞬だけ目を細め、すぐに「へえ」と笑った。
紗良は帰宅すると父へすべて話した。父は冗談だと思いかけたが、録音機のことを聞いて顔を変える。
合言葉「青」は、侵入者を家へ通しながら警察へ自動通報する非常用の偽答だった。
午後七時、玄関ベルが鳴る。
監視画面には、和人の叔父を名乗る二人の男。白い手袋をしている。
『雪だるまの口は?』
父が扉越しに尋ねる。
「青です」
鍵が開く音だけを聞かせ、内側の防犯扉は閉じたまま。男たちが入ったと思って鞄を開いた瞬間、待機していた捜査員が背後から取り押さえる。
鞄には複製端末、父の署名を写した紙、和人に渡した報酬の記録まで入っていた。
前の人生では午後七時十分、父の研究所から《機密情報の外部送信を検知》という通知が届いた。
父の端末が同じ時刻に鳴る。
《侵入未遂を遮断》
《研究データは保全されています》
紗良は白い手袋を証拠袋へ入れる捜査員を見つめた。
父は以前なら「子供は口を出すな」と言ったはずだった。
今度は紗良と同じ目線までしゃがみ、初めて違う言葉を口にする。
「秘密を守るだけじゃなく、罠に変えたんだな。お前が父さんを守ってくれた」