雪で止まった終電

「雪がやむまで、待とう」

宮前珠季は、沢木拓真と駅の待合室に閉じ込められたような夜、そう言った。

山あいの支線は大雪で運転を見合わせ、最終列車の再開見込みはない。珠季は翌朝、東京へ引っ越す。実家を出て転職するためだ。拓真とは高校からの友人で、出発前の食事を終え、最後の終電で別れるはずだった。

待合室には暖房の音と、自販機の明かりだけ。駅員は代行タクシーを手配しているが、到着まで一時間かかるという。

「東京、楽しみ?」

「仕事は」

「友達もできるよ」

「拓真は、そればっかり」

珠季が言うと、彼は黙った。引き止めてほしいわけではない。けれど新しい街に自分の居場所ができれば、拓真の中から消えても構わないように聞こえた。

やがてタクシーが着き、乗客が順に呼ばれる。珠季の番になると、拓真も立った。

「家、反対方向でしょ」

「東京まで送る」

「今夜は無理だよ」

「明日の新幹線で」

彼はすでに始発の指定席を二枚予約していた。さらに一か月後、拓真が東京へ行く切符も、二か月後に珠季が帰る切符も並んでいる。

「友達の見送りに、そこまでしないで」

「じゃあ、友達をやめる」

言葉を重ねる代わりに、拓真は珠季のキャリーケースを持ち、空いた手を差し出した。珠季はそれを取り、タクシーの後部座席でも離さなかった。

窓の外では雪がまだ降っている。珠季は連絡先を《沢木》から《拓真》へ変え、始発後の朝食予定を入れた。

タクシーが雪道を進むあいだ、拓真は東京で泊まる宿を取り、珠季は翌朝の新幹線で食べる駅弁を二つ選んだ。見送りは玄関で終わらず、新しい部屋の鍵を受け取るところまで続く。珠季は東京で最初に会う人を、もう拓真に決めていた。

拓真は始発の座席を窓側と通路側で迷い、珠季に選ばせた。そんな小さな相談まで、新しい生活の最初に含まれていく。

「雪がやむまで、待とう」

別れを先延ばしにする言葉だったはずが、その夜からは、遠い街でも次に会う日まで互いを待つ約束になった。