雪崩防止網
スキー場上部の斜面で、環境調査員の玖島が雪崩防止網の下に死んでいた。鋼索で張られた網は体へ食い込み、解放ピンを不用意に抜けば斜面全体が滑る。パトロール隊が支柱を固定するまで、遺体は動かせない。
夜間に上部へ行けたのは山岳ガイドの如月、リフト係の岩永、写真家の朴木。玖島は無許可の夜間滑走を広告撮影に使った記録を見つけ、翌日、営業停止を求める予定だった。如月は救助講習、岩永は機械室の運転記録に残る。朴木は「下のロッジで写真を整理していた」と述べ、切れたカメラストラップを手に巻いていた。彼の広告写真には、雪崩網を背景に滑る選手が写っており、営業停止になれば撮影料も違約金も失う。
吹雪は明け方に雨まじりへ変わっていた。私は網へ触れず、三つの相違だけを拾った。
第一。玖島の服と周囲の雪は濡れているのに、支柱上部の網結びは乾いている。網は降雪中ずっと下りていたのではなく、雨に変わったあと急に落とされた。
第二。血は網目の下ではなく、鋼線の上面へ薄く乗っている。網に衝突して死んだのではなく、出血した遺体の上へ網が降りた順序だ。
第三。解放ピンの割り輪に黒い組紐が一本挟まり、朴木の切れたカメラストラップと織り方も蛍光糸も一致した。彼は現場にいなかったと言った直後、救助のためピンへ触れたのだと言い直した。
如月が濡れたゴーグルを外すと、朴木は網ではなく自分の手首の切れ端を見つめた。風が強まり、斜面の輪郭をまた白く消していった。
朴木は玖島を別の場所で殴り、斜面へ運んで網の直下へ置き、カメラストラップを使って解放ピンを遠くから引いた。網を落として雪崩事故に見せたのである。乾いた結び目が落下時刻を雨のあとに限定し、血の位置が「死体が先、網が後」という順序を示す。ピンの黒い繊維が引いた道具を朴木へ結ぶ。仕掛けは網の解放一つで、切れたストラップは彼自身の不在証明まで切ってしまった。 網は遺体を動かせなくしても、ピンに残った繊維までは押し隠せなかった。