電話番号だけを渡す

立花梨世は、妹が困ると代わりに電話をかけた。

美容院の予約変更、学校への問い合わせ、賃貸契約の確認。妹は電話が苦手で、梨世は説明が得意だった。「お姉ちゃんお願い」と言われれば、自分がしたほうが早い。そうして妹の用件まで、自分の予定表に増えていった。

妹が一人暮らしを始めてからも、電気の契約や粗大ごみの申込みを梨世が調べた。感謝されると嬉しい一方、返事が遅い日は何か起きたのではと落ち着かない。助けることと見張ることの境目が、少しずつ曖昧になっていた。

ある夜、妹が封筒を持って部屋へ来た。奨学金の返還額について、窓口へ確認したいという。

「明日、電話して聞いてくれない?」

梨世は封筒を受け取った。勤務先の昼休みに電話すればいい。必要な番号と質問をメモすれば、十分で終わるだろう。

けれど封筒の宛名は妹だった。金額も、期限も、これから妹が払っていくものだ。梨世が代わりに話せば、今回も早く片づく。その早さが、妹から一度やってみる機会を奪っているのかもしれない。

「電話はしないよ」

妹の顔が曇った。梨世はすぐ「じゃあ隣で聞いてる」「最初だけ話す」と譲りそうになった。

代わりに、案内書の問い合わせ番号へ黄色い付箋を貼った。

「聞きたいことを三つ書くところまでは一緒にやる。かけるのは自分でして」

二人で紙に《月額》《変更条件》《受付時間》と書いた。妹は何度も「やっぱり無理」と言ったが、梨世はスマートフォンを手に取らなかった。

翌日の昼、妹から《かけた。名前二回聞き返された》とだけ届いた。梨世は《おつかれ》と返し、詳しい結果を尋ねなかった。

返信欄には、それ以上の質問を一度打って、消した。全部を把握しなければ、助けたことにならないという癖を止めたかった。

夜、机の上には昨日の付箋が残っていた。梨世は番号の書かれた部分を妹へ渡し、封筒は返した。

自分の手元から一つ用件が減った。その空きは、妹を見放した穴ではなく、二人の間に置いた小さな距離だった。