青信号のコーラス

紙屋敷蒼葉が指揮棒を上げると、児童合唱団の背後に青い人型が灯った。

市の交通安全週間。二十年前から横断歩道で流れる明るい電子音を、子供向けポップに編曲した一曲を生演奏する。蒼葉が小学生だった頃、同じ交差点で同級生三人が車にはねられた。事故後、その横断音は『不吉だ』として別の旋律へ交換された。蒼葉はいまも鳥の音で足が止まる。

大人たちは、子供が赤信号を無視したと言った。生き残った蒼葉も、青を見たという記憶を「混乱」と否定され続けた。

イントロで合唱が弾む。

「青なら進め」

Aメロの電子音は二種類ある。歩行者用の高音と、車両用制御器の低音。通常は交互に鳴るはずなのに、事故時刻を再現する小節だけ同時に響いた。

市長は演出だと思って笑っている。信号メーカーは、旧機種のデータは残っていないと説明してきた。だが道路脇の音響装置には、毎日の作動音が環境ノイズとして保存されていた。

サビで児童が腕を振る。

「青なら進め」

スクリーンに二本の時間軸が現れる。歩行者信号は青。車両信号も青。点検員が使う試験モードが解除されず、両方へ進行許可を出していた。

さらに、事故の五分後に市役所端末から設定が書き換えられている。歩行者側だけ赤だったようログを改ざんしたのは、当時メーカーから出向していた現市長だった。

最後の小節で、蒼葉は合唱を止めた。子供たちの代わりに、二十年前の横断音だけが鳴る。軽い鳥の声。その向こうで、同級生が蒼葉へ「早く」と笑っている。

蒼葉は靴紐がほどけ、歩道に残った。三人は確かに青を見て進んだ。間違えたのは子供ではない。

最後の一音とともに、交差点の現行信号がすべて赤へ変わった。会場周辺の車が止まり、市長の逃げ道も塞がれる。警察官が壇上へ上がった。

蒼葉は二十年間、口にできなかった言葉を指揮台で繰り返した。

「青なら進め」

安全を教える標語ではない。壊れた機械が子供と車へ同時に与え、三人を殺した矛盾した命令だった。