靴底に残る店

靴修理店「踏切」に、雪村聡真が二週間ぶりに現れた。給料の前借りをしたまま連絡を絶ち、今日は工具を取りに来ただけだった。

近江は怒鳴らず、作業台へ一足の安全靴を置いた。

「明朝納品。底が剝がれた」

「俺、もう辞めたつもりです」

「退職届を見てない」

安全靴は建設現場の職長のものだった。店が潰れかけても、現場の朝は待ってくれない。雪村は鞄を床へ置き、古い底を剝がした。

近江が接着剤を塗り、雪村が新しいソールを削る。左右で減り方が違う。右の踵だけを二ミリ厚くしなければ、歩くたび身体が傾く。

二人は以前、雪村の前借りを巡って揉めた。近江は「貸すのは今回まで」と言い、雪村は「困ったときだけ従業員扱いするな」と吐き捨てた。前借りした金は、妹の保証会社へ払った。説明はしていない。

ソールを仮合わせし、線を引き、また削る。機械を回すと、焦げたゴムの匂いが店に満ちた。雪村が押さえ、近江が角度を指で示す。言い争った夜と同じ作業台なのに、今は手の動きだけが噛み合った。

「前借り、給料から引いてください」

「給料が出ればな」

「出ないんですか」

「今月は怪しい」

二人とも笑わなかった。接着剤が乾くまで、近江はコンビニのスープを二つ温めた。雪村の分には、勝手に胡椒を多く振った。昔からそうだった。

圧着を終え、縫い目へ防水剤を塗る。午前一時、安全靴はまっすぐ立った。修理代が入っても、滞納家賃には足りない。次の注文は一件しかない。

雪村は工具巻きを鞄へ入れた。近江は止めず、納品伝票だけを差し出した。

「朝七時、現場」

「俺が行くんですか」

「直した人が履き心地を聞け」

雪村は伝票を受け取り、工具巻きから目打ち一本を抜いた。作業台の定位置へ戻す。全部持っていけば、もう帰らなくて済む。一本残せば、取りに来る口実になる。

店を出るとき、近江は裏口の鍵を机へ置いたまま、先に二階へ上がった。雪村は戸締まりをし、鍵を郵便受けへ返さなかった。安全靴の袋と一緒に抱え、明朝の道を確かめた。