靴底の赤い糸
転職面接へ向かう途中、パンプスの踵が外れた。最寄り駅まではまだ遠い。私は片足を引きずりながら、通学路にあった靴修理店を思い出し、路地へ曲がった。店は閉まり、看板だけが壁に残っている。
シャッターの前で靴底を見ると、接着剤の隙間に赤い糸が一本絡んでいた。高校一年の冬、小萩が私のローファーを縫った糸と同じ色だった。
当時、家計が苦しく、私は姉のお下がりの靴を履いていた。底が剥がれても買い替えを言い出せず、ガムテープで留めて登校した。雨の日、校門前でテープが外れ、周りに笑われた。
小萩は私をこの店へ連れてきた。店主は代金を後でいいと言い、赤い丈夫な糸で仮縫いしてくれた。私は恥ずかしくて俯いていたが、小萩は修理跡を見て言った。
「歩いてきた跡って、汚れじゃなくない?」
卒業まで履いたローファーの赤い縫い目は、制服より先に私の一部になった。
社会人になった私は、傷のない靴ばかり選んだ。経歴も同じだった。退職理由を整え、体調を崩した一年を履歴書から目立たなくし、今日も「挑戦したくて辞めた」とだけ話すつもりだった。
閉店した店の隣に百円ショップがある。私は瞬間接着剤と赤い裁縫糸を買い、ベンチで踵を仮留めした。糸は飾りにしかならないが、靴の内側へ小さく結ぶ。
面接にはぎりぎり間に合った。退職理由を聞かれ、用意した答えの途中で息を止める。それから、前職で体調を崩したこと、休職中に働き方を見直したこと、同じ状態を繰り返さないための条件を率直に話した。
採用されるかは分からない。けれど面接室を出た足は、来たときよりまっすぐだった。
面接室へ入る前、化粧室の鏡で靴を確かめた。修理跡は不格好で、歩けばまた外れるかもしれない。それでも、今日一日を渡るには足りていた。完璧になるまで、ここで立ち止まる必要はもうない。
靴底の赤い糸は誰にも見えない。それでいい。傷を隠すためではなく、そこから歩いた距離を自分が忘れないための糸なのだから。