音量ゼロの叫び

白波瀬夜一は、無音のMVから叫び声を聞こうとしていた。

音響事故で公開中止になった映像を、一度だけ検証再生する。制作会社は、ボーカルデータが壊れたせいで本人が責任を感じて姿を消したと説明していた。夜一は修復できれば彼女の疑いも晴れると信じ、無人の試写室へ入った。廃工場の中央で、失踪した歌い手が鎖につながれた演技をしている。伴奏は鳴るのに、彼女の声だけ完全に消えていた。

イントロで彼女がカメラへ身を乗り出し、唇を大きく開く。

「もっと大きく」

夜一はボーカルトラックのゲインを上げた。無音。Aメロで彼女は両手の親指と人差し指を広げ、四角を作る。彼は音量計ばかり見て、その仕草を「スピーカーを示している」と解釈した。波形を拡大しても一本の直線しかなく、ノイズ除去前のバックアップにも声はなかった。撮影時点から、彼女は録音されていなかったのだ。

二度目のサビ前、彼女は涙を流しながら同じ口を動かす。

「もっと大きく」

夜一は最大まで上げた。伴奏が割れ、耳を刺すノイズになる。それでも声はない。代わりに、映像の隅にある車のサイドミラーがビートに合わせて一瞬ずつ光った。

彼は音を下げ、少女の指が作る四角を見た。音量ではない。画面を拡大しろという形だった。

サビの間、ミラー部分を何十倍にも引き伸ばす。粗い反射の中に、撮影スタッフではない男と白い車が見えた。ナンバーの四桁、工場名の看板、運転席で誰かの携帯電話を折る手。歌い手が失踪した夜に目撃された車と一致する。

最後の一音の直前、彼女は鎖を外した。小道具だったはずの手首には、本物の結束痕がある。カメラの裏へ連れていかれる直前、ミラーを指し、最後のメッセージを残した。

「もっと大きく」

声を聞くため音量を上げろという依頼ではなかった。小さな反射像を大きくし、画面の端に映った連れ去り犯を見つけてほしいという指示だった。

夜一は拡大画像を保存し、警察へ送った。音量計は最後までゼロのまま。それでも、彼女の叫びはナンバープレートの四文字として、初めて外へ届いた。