顔のない勝者

スポーツ系ウェブ媒体の片倉朋希は、欠月村の「欠け面相撲」を取材した。二十八歳。深夜、面を着けた若者たちが土俵で相撲を取り、最後の一番だけ面のない力士が出るという。

過去記事を検索すると、勝者の写真は毎年顔だけ白く欠け、執筆者のプロフィール画像も同じ日に消えていた。退職済みの先輩はメモへ『声援は顔を貸す意思表示になる』と追記している。朋希は、アクセス数を稼ぐために記者が作った内輪の演出だと決めつけていた。

編集部の共有メモには、現地記者向けの注意が一つあった。

《顔のない力士に声援を送ってはいけない》

土俵の土は雨もないのに湿り、踏み込むたび古いカメラのフラッシュの匂いがした。観客は東の力士が近づくと、自分の顔を両手で覆った。

最終取組、東から現れた力士には、本当に顔がなかった。皮膚が平らに続き、目も鼻も口もない。対する西の力士は小柄で、すぐ土俵際へ追い込まれた。

記事に熱気が欲しかった朋希は、周囲が黙る中、一度だけ叫んだ。

「西、残れ!」

顔のない力士が朋希の方を向いた。顔のあるはずの場所に、彼の声だけが浮かんだ。

「西、残れ」

次の瞬間、西の力士が消え、土俵には朋希が立っていた。観客席にも朋希はいる。二人の視線が合ったところで行司の軍配が上がり、取組は終わった。

写真を確認すると、土俵にいるのは顔のない力士一人だけだった。朋希は記事を短くまとめ、幻覚のことは書かなかった。

翌朝、会社の顔認証ゲートが開かなかった。スマホのカメラには自分の顔が映るが、認証枠は「顔が見つかりません」と出る。オンライン会議へ入ると、同僚からチャットが来た。

【編集長】片倉、カメラ入ってる?

【朋希】入ってます。

【編集長】声はするけど、顔だけ空席だぞ。

そのとき媒体の速報アプリが通知を出した。

《欠け面相撲、勝者が決定》

記事の写真には、土俵上で勝ち名乗りを受ける朋希がいた。首から下は昨夜の服、顔だけが滑らかな皮膚で塞がれている。

見出しは自動生成されていた。

《優勝:片倉朋希 所属:観客席》

通知の末尾に、日常的な顔認証の案内が付いた。

《新しい顔を登録するには、以前の顔を返却してください》