餅を丸める朝
土岐理一は、正月の餅は店で買えばよいと思っていた。
実家の町内会では毎年二十八日に餅つきをする。母から手伝いを頼まれ、仕方なく帰省した。
「機械なら早いでしょう」
理一が言うと、杵を持った老人は笑った。
「早さを競う日じゃない」
蒸した餅米が臼へ入る。
最初は杵で押し潰し、粒がなくなってからつき始める。
理一は見よう見まねで杵を振ったが、臼の縁へ何度も当てた。
「腰でつく」
「腰で持ったら落とします」
周りから笑い声が上がる。
子どもたちは「よいしょ」と声をそろえ、年配の女性たちは台の上で餅をちぎった。
理一はつき手を交代し、丸める方へ回った。
熱い餅を手粉の上へ取り、端を下へ集める。丸くしたつもりでも、底に皺が寄る。
「鏡餅には向かないね」
母が言う。
「食べれば同じ」
「さっきまで買えば同じって言ってた人が」
隣の小学生が作った餅は、理一よりさらに平たかった。
「これは何?」
「寝てる餅」
「起こさなくていいの?」
「正月だから休む」
理一は笑い、自分の餅も一つ横へ寝かせた。
昼には、きな粉、大根おろし、餡の皿が並んだ。
つきたてを大根おろしへ絡めると、辛味と醤油の香りが湯気へ混じる。
餅は伸び、口の中で柔らかくほどけた。店の餅より形は悪いのに、臼の音や皆の声まで一緒に噛んでいるようだった。
片づけのとき、老人が理一へ小さな杵を渡した。
「来年は縁へ当てるなよ」
「来年も?」
「一度来たら、名簿に載る」
勝手な制度だと思いながら、理一は杵を受け取った。
母は持ち帰り用の餅を包み、平たい一つを上へ載せた。
「寝てるやつ、入れたから」
「会社の休憩室で食べる」
「ちゃんと焼いて起こしてやって」
朝から降っていた雪は止み、町内会館の屋根から雫が落ちていた。
理一の手には米粉の白さと、蒸した餅米の甘い香りが残る。
帰りの電車でも、臼の木ときな粉の匂いが上着からふわりと上がった。
正月はまだ来ていない。それでも皆で丸めた温度が、先に新しい年の形を作っていた。