香りが示した三時二分

新作香水の発表会中、調香師の香坂院理人が研究室で死んでいた。発見は午後三時十分。香料瓶で後頭部を殴られている。研究室の成分センサーは三時二分、理人の代表作に使う香料が急上昇したと記録していたため、警備員はその時刻まで彼が調香していたと考えた。

容疑者は助手の薄羽美弥、ブランド責任者の雁金初、競争相手の調月宗悟。三人は二時五十分から階下の発表会壇上に立ち、三時二分には新作ボトルを掲げていた。会場の映像と百人の招待客が、三人の姿を同時に捉えている。研究室の扉は会場から見える廊下の先にあり、途中で抜けた者もいない。センサーの時刻が正しければ全員にアリバイがある。

理人はその日、薄羽の処方盗用を告発し、雁金には発売中止を命じ、調月の受賞作が模倣だと公表する予定だった。雁金と調月は二時二十分までに研究室を出た。薄羽だけは試料整理のため二時四十分まで理人と残っている。

手掛かりは三つだけだった。第一に、三時二分に検出されたのは完成香水の基調香料だけで、調香時に必ず出る溶剤成分は一切増えていなかった。第二に、理人の指先と袖口には、その香料を扱えば残るはずの匂いがなかった。第三に、棚の裏から小型芳香器が見つかり、三時二分の作動予約と、薄羽が管理する試料番号の補充瓶が残っていた。

理人が生きて作業したなら、香料と溶剤の両方が上がり、衣服にも匂いが移る。センサーが捉えたのは調香ではなく、機械が一種類の香料を噴いた瞬間だけだった。

「三時二分に研究室で働いた人はいません」私は芳香器の予約を解除した。「薄羽さんは二時四十分までに理人さんを殺し、基調香料を三時二分に放つよう設定して壇上へ移った。溶剤の欠如、無臭の袖口、あなたの試料瓶を入れた芳香器が示しています。雁金さんと調月さんは真の犯行時刻にはすでに会場にいた。三人のアリバイを包んだ香りは、被害者の生存ではなく、予約された一吹きの証明でした。あなたは姿の代わりに匂いだけを研究室へ残し、時刻を偽ったのです」