駅長室の来賓証

鉄道博物館への校外学習で、紅葉森美弥子は首から金色の来賓証を下げた。

「主人が中央駅の駅長だから、一般の見学コースとは違う場所も案内できるの。子どもには本物を見せないと」

野路ヶ谷柚花の夫も鉄道会社だと知ると、美弥子は笑った。

「運転士さん? 駅長になるには、管理職試験が大変なのよ」

柚花は「鉄道の仕組みを作っています」と答えた。

見学当日、美弥子は立入禁止の運転指令室へ子どもたちを連れていこうとした。案内係が止めると、駅長夫人の顔が分からないのかと詰め寄る。

そこへ夫の柳ヶ瀬原敏郎が来た。

「その来賓証はどこで手に入れた?」

美弥子は、夫の机から借りたと答えた。敏郎は中央駅長ではなく、副駅長だった。金色の証は、本社役員を迎えるため一時保管していたものだった。

その本来の来賓が到着する。

柚花の夫・野路ヶ谷暁成だった。

暁成は鉄道会社の代表取締役社長で、運行管理システムを開発した元技術者。一般列車で通勤し、現場の遅れや案内を自分で確認しているため、柚花は夫を鉄道の仕組みを作る人と説明していた。

美弥子の顔から血の気が引く。

「副駅長でも、駅ではかなり上でしょう?」

敏郎は来賓証を妻から取り上げた。

「だからこそ、立入規則を家族が破ってはいけない」

暁成は、案内係が役職名に屈せず子どもを止めたことを評価した。特別見学は取りやめず、安全な展望室から指令設備を説明する内容へ変更した。

美弥子は柚花へ囁く。

「社長の家族なら、指令室へ入れるでしょう?」

「家族が入れるなら、立入禁止の意味がありません」

見学の最後、子どもたちは遅延時に全線を調整する仕事を学び、駅長だけで鉄道が動くのではないと知った。運転士、車掌、指令員、保守員の名前が、一枚の運行図表へ並んでいた。

金色の来賓証が暁成の首へ正しく戻され、敏郎が社長へ深く頭を下げた瞬間、駅長夫人を名乗って線路の頂点に立ったつもりの美弥子だけが、自分の夫の名札にある〈副〉の一字を初めて読んだ。