魔物市場の最初の看板
「魔物の鳴き声を一度だけ文字にする? 読めても会話にはならぬ」
交易院の審査で、コノアは無能と判定された。
【技能:《鳴き文字》――触れた魔物一体の次の鳴き声の意味を、最も近い白紙へ一文で記す】
一日に一度、返事を文字から伝えることはできない。コノアは街道の外れで小さな露店を開き、客として来る角兎や羽蜥蜴へ塩、木の実、古布を並べた。
値札は絵だった。塩一袋には木の実三個、毛布一枚には抜け羽五枚。魔物たちは決まりを覚え、代金を置いていく。人間の旅人も、その静かなやり取りを面白がって立ち寄り、やがて露店の横に茶屋までできた。
秋、百頭の赤翼竜が空を覆った。
街道の町は門を閉ざし、交易王ギルメクは弩兵を並べた。赤翼竜は毎年南へ渡るが、今年は町の上を旋回し、倉庫の屋根へ爪をかけている。食料を狙う襲撃に見えた。
コノアは群れの先頭へ立つ老竜を知っていた。春に露店へ来て、塩を舐めた個体だ。彼女は長い竿へ白布を結び、屋根の上から老竜の足先へ触れた。
「何を求めているの?」
老竜が一声鳴く。
白布へ黒い文字が浮かんだ。
――塩を百袋。代わりに、火山の卵殻を百枚。
兵はざわめいた。赤翼竜は産卵後、身体から塩を失う。群れは略奪ではなく、以前コノアと交わした取引を覚えて来たのだ。火山の卵殻は軽く、砕けば最高級の耐火材になる。
コノアは倉庫の塩を指し、次に空の荷台を百回指してみせた。老竜は理解し、群れへ短く鳴く。一頭ずつ塩袋を受け取り、代わりに虹色の殻を落とした。
半日後、町には損害どころか、王都の一年分に相当する耐火材が積まれていた。最後の竜は露店へ小さな赤い石を置き、南へ飛び去る。
審査官は「文字は一文だけだった」と言う。
ギルメクは交易院の大看板を外し、白布の隣へ置いた。
「商売は長く話すことではない。相手の欲しいものを、一度で違えず読むことだ」
交易王は市場開設の金印をコノアへ渡した。
「次に空が魔物で暗くなったら、弩より先におまえの白紙を掲げよ」