魔王軍受付係の昼休み
魔王軍総務局の受付係ピリエは、昼休みでも申請書の不備を見逃さない。
将軍ダハリオンが持ち込んだ「人間界侵攻許可願」には、兵站責任者の署名と撤退計画がなかった。
「却下です。二か所埋めてから再提出してください」
「俺は四天将だぞ!」
怒鳴る将軍へ、ピリエは受付札を一枚渡した。番号は百八十二。待合室にはゴブリンの旅費精算が並んでいる。
侮辱されたと思ったダハリオンは戦斧を抜き、まず机ごと彼女を脅そうと横薙ぎにした。
ピリエは椅子へ座り、書類へ判子を押す姿勢から動かない。斧は彼女の前で急に持ち上がり、頭上の「書類は順番に」の看板だけを切った。
「手が滑った!」
彼は周囲の制止を振り切り、戦場奥義《黒炎轟破》を放つ。受付室全体を焼き払う大技なら、椅子に座った事務員が避けられるはずはない。
爆炎と煙で窓口が見えなくなり、申請書が舞い上がった。
煙が晴れる。
ピリエは判子を押した同じ姿勢で座っていた。朱肉も乾かず、背後の書類棚も無傷である。黒炎は彼女の窓口だけを避け、将軍専用の未提出書類箱を焼いていた。
待合室のゴブリンが拍手すると、他の職員も机の下から顔を出した。壁には歴代魔王からの感謝状が四百年分並んでいる。『城が落ちても窓口を守った』『勇者の斬撃から給与台帳を避難させた』。将軍だけが、受付係を雑兵だと思っていた自分の評価が最も低いと気づいた。受付札百八十二番のゴブリンが「先に並んでおります」と将軍へ告げる。誰も道を譲らない。武力で順番を飛ばせないと知った四天将は、窓口の前でただ立ち尽くした。
ダハリオンが異常に気づいたのは、人事台帳を開いたときだ。
【攻撃力:0】
【回避動作:0】
【在職年数:428年】
「なぜ四百年も受付にいる」
「異動願も死亡届も受理されなかったので」
ピリエは焼け残った申請書を将軍へ返す。
「なお、職員への攻撃は始末書三枚です」
台帳が彼女の耐久欄を更新しようと明滅し、最後に冷たい文字を表示した。
【防御値:測定不能】