黄色い切符箱
市役所の国勢調査員、鵜飼真澄は、山間部の世帯確認中に古い駅舎を見つけた。入口には「無籍駅」とあるが、地図にも固定資産台帳にも載っていない。
待合室の壁に、過去の調査員が残したメモが貼られていた。
《無籍駅の黄色い箱へ切符を入れてはいけない。あれは運賃箱ではなく、存在しない場所を決める投票箱だ》
真澄は写真を撮り、駅舎の面積を測った。
ホームへ出ると列車が一両だけ停まっていた。黄色い箱には選挙管理委員会の古い封印があり、投入口の上へ「一人一票、撤回不可」と刻まれていた。車掌はいない。車内で待つと、いつの間にか真澄の自宅最寄り駅へ着いた。
降りる際、手にした紙の切符をどこへ渡すか迷った。改札脇に黄色い箱がある。役所の腕章や荷物で手がふさがり、警告を思い出した時には、いつもの癖で切符を落としていた。
箱の中で、投票用紙を数えるような乾いた音がした。
外へ出ると、駅前の景色が変わっていた。商店街はあるのに駅舎だけが消え、線路の場所には細い川が流れている。通行人に尋ねると、「この町に鉄道はない」と笑われた。
三十分歩いて自宅へ戻った。建物は存在したが、電子錠は真澄の住民登録を認識しない。管理会社に電話すると、その部屋は十年前から空室だと言われた。
市役所の行政端末へ接続する。自分の住民票は残っていた。
住所だけが変わっている。
《無籍駅 一番線待合室》
転入日は、切符を箱へ入れた時刻。前住所欄には「存在しない地域」と表示されていた。
上司から業務チャットが来た。
《鵜飼君、無籍駅なんて調査地点はない。架空世帯を登録したなら報告書を直して》
真澄が返信しようとすると、市役所アカウントが強制ログアウトされた。
《管轄外の住民は利用できません》
乗換案内アプリを開き、自宅を検索する。
《目的地周辺に駅はありません》
次に現在地を確認した。
青い点は消え、代わりに黄色い投票箱の記号が表示された。
《無籍駅 本日の投票結果
存在しないもの:鵜飼真澄 一票》
背後で、切符が箱の底へ落ちる音がもう一度した。