黒板の三本線
討論部の部室で、高梨昴は黒板に論題を書いた。
〈選んだ仕事は、自分の意思である〉
最後の討論相手は井筒沙英と石神亨。就活中も三人は模擬面接を討論形式で練習し、弱い志望動機を容赦なく崩し合った。昴は新聞社、沙英は中央省庁、亨は学習塾に決まっている。
「賛成側から」と沙英。
「省庁に受かった人が賛成するの、出来すぎだろ」
昴が言う。
「新聞社に行く人は反対?」
「俺は省庁に落ちた。落ちた側が監視するのも悪くない」
亨はチョークを三本、机へ並べた。
「俺は新聞社に落ちて、塾に行く。二人の落ちた先を拾ったみたいだ」
冗談に誰も笑わなかった。三人とも、第一志望を書いた紙だけはもう捨てていた。
沙英が立つ。
「意思は、選択肢の中から決める行為です。選択肢が狭くても、決定は本人にある」
「家の借金がなければ省庁を選んだ?」と昴。
「それは反対尋問じゃなく、個人攻撃」
「討論じゃなければ聞けない」
沙英は少し黙った。
「父の会社が倒産した。安定が欲しかった。でも面接では国家への奉仕と言った」
昴は黒板に一本線を引いた。
「俺は記者になりたかった。でも全国紙は全部落ちて、地方紙。地元愛を語ったけど、配属地には行ったこともない」
二本目。
亨が三本目を引く。
「俺は先生になりたくなかった。就活が全滅して、大学受験の知識が売れただけ。でも昨日、生徒に合格したって電話をもらって、少しだけ選んだ気になった」
三本の線は平行だった。交わらないまま、黒板の端まで伸びている。
「結論は?」と沙英。
「意思は後から作られる」と亨。
「新聞の見出しみたい」と沙英。
「省庁答弁より短いだろ」と昴。
三人は、最後の勝敗をつけなかった。採点表には全員が自分を負けにして署名した。
退室前、沙英が論題を消した。昴は一本目を、亨は三本目を消した。中央の一本だけ、誰の進路を表すのか分からなくなり、残された。
空いた三脚の椅子の前で、その白線はまっすぐ延び、黒板の枠にぶつかったところで途切れていた。