『監査列の一文字』

朱鷺銀行の執行役員面接で、久我山絢子はコンプライアンス評価Cを突きつけられた。

不正融資を見逃したとの講評があり、面接委員長は「この一点で推薦できない」と告げた。人事本部長の紫藤征臣は、評価は複数部署の合議で確定したと説明した。

絢子は講評より、画面右端の細い列を見ていた。

「監査列を表示してください」

紫藤は「システム管理用だ」と拒んだが、委員長が許可した。非表示列には、各評価の原文ハッシュと更新理由が記録されている。絢子の行だけ、理由が一文字の〈修〉。規程では、変更理由を二十字以上入力しなければ保存できないはずだった。

「旧システムからの移行データです」

絢子は首を振った。「その監査列を設計したのは私です。空欄なら未変更として保存できても、一文字では通りません。管理者が検証を無効にした時だけです」

情報システム担当がログを開く。評価確定翌日の二十二時三十一分、紫藤が管理者設定を一時解除し、絢子のAをCへ変更。講評へ不正融資の文言を追加した後、検証機能を戻していた。

紫藤は「合議の指示だった」と言った。

だがその時間、合議に使う会議室〈金庫〉の予約者は紫藤一人。役員へ送られた確定メールの添付では絢子はAで、全員の承認返信がCCに残っている。不正融資案件の報告書では、むしろ絢子が最初に疑義を挙げ、取引停止を提案していた。

同じ二十二時三十一分、次点候補のコンプライアンス評価はBからAへ上げられていた。更新理由は空欄で、監査列そのものが削除されている。紫藤は絢子を落とすだけでは足りず、順位が確実に入れ替わるよう両側から数字を動かしていた。二つの操作間隔はわずか四十秒だった。

「なぜ私を落とす必要が?」

絢子の問いに、紫藤は答えなかった。次点候補は紫藤と同じ出身行で、推薦書の作成者も紫藤だった。

委員長は面接判定の〈推薦不可〉を削除し、原評価Aへ戻した。絢子を執行役員候補の首位に復帰させ、紫藤を面接委員から外す。

「一文字で済ませた理由は、二十字では書けなかったからでしょう」

監査列の〈修〉は、その場で〈人事本部長による不正変更〉へ書き換えられた。